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florentine(磯崎愛)のことを語る

~ボルヘスと『神曲』~
 
調子に乗って、もういっこ行くよ☆(昔かいた文章ですが)
 
『七つの夜』
http://www.msz.co.jp/book/detail/04613.html
この『七つの夜』という本は、ボルヘスが1977年にブエノスアイレスで行った講演のテクストだそうだ。
辻邦生さんの、どの本に載っていたか忘れたけど、ボルヘスに会った夜の話を思い出した。とても親密な語り口。
そして、当然のことながらわたしたち(誰やねん、一緒なのは? 笑)は、ここでジーン・ウルフの超絶技巧ミステリ「アメリカの七夜」を思い出さないとならないのである。それをこそが、文学をよむ愉楽の一端なので。
 
この本はボルヘスファンなら必読の書といって過言ではないでしょう。
そしてまた、神曲ファンにとっても、です。
だって、すごい文句が連なりすぎてるから!

「この第一回の講演のために『神曲』を選んだのは、私が文学者であり、文学のそしてあらゆる文学の頂点に立つのが『神曲』だと思うからです」

「『神曲』は私たちの誰もが読むべき本です。これを読まないというのは、文学が私たちに与えうる最高の贈り物を遠慮することであり、奇妙な禁欲主義に身を委ねることを意味します。『神曲』を読む幸福を拒む理由などあるでしょうか。」

その他にも、色々ある。
かの有名なフランチェスカとパオロのくだりについてとか、ユリシーズについてとか、『白鯨』との比較とかね。
あと、声に出して読んだほうが絶対にいいっていうこととか。

イタリア語がわかんなくても、アルファベットが発音できればとりあえず、雰囲気はつかめると思う。わたし自身、自分の好きな箇所だけはひとりでこっそり音読してみた。
すると、感嘆ってこういうことかって思うほど意識せずに吐息がもれた。びっくりした。
なるほど、詩人ってスゴイって今更に驚嘆した。
 
正直に白状すると、学生のころはテキストを追うのに精一杯で「音」を意識できなかった(わたしの卒業論文は、「ボッティチェリ画『神曲』素描における物語表現」でしたので。っつっても、地獄篇だけで力尽きてるので正直、煉獄天国の理解はほとんどないのです)。視覚イメージに圧倒されていた。つまりは画家や彫刻たちに霊感をもたらすあの超絶技巧的な描写力や世界観だ。
ちなみに、『神曲』にインスパイヤされた作家として著名なのは、
ボッティチェリ、
ミケランジェロ、
ウィリアム・ブレイク、
ギュスターヴ・ドレ、
ドラクロワ、
ロダンなどなど。
 
しかも詩作品としての構造と、作品の内容世界としての構造が一致している。つまり、語り手であり主人公でもあるダンテが落下し上昇する運動を読者が共有することで、ダンテ自身が最終曲で迎える感動を共に感じることができる。
ううん、すごいよなあ……。
 
ボルヘス自身が、
 
「読者としての私は快楽主義者です。私は書物に感動を探し求めるのです」
 
と、語るのは、至極、どうしようもなく胸に迫る。
そうなんだよなあ。
安っぽいゴシップ的な感動じゃなくて、突き抜けていくような、自分の殻を破るような、本当のエクスタシーが欲しいと思って本を読んじゃうんだよなあ。
自分が予期したさらにうえをいってほしい。
『神曲』は、おお、ソコまでいきますか! っていうくらい凄いとこへいくのだなあ。
 
まあともかくも。
 
ラストの一聯は、ご自分でおたしかめくださいと言いたいです。
『七つの夜』の?
それとも『神曲』の?
 
それはきっと、両方でしょう(嫣然と)。