~パスカル・キニャール『ヴュルテンベルクのサロン』補遺的に~
(以前べつの場所でかいた文章を転載。コッチのほうが普段のわたしっぽいので)
「いいか、おまえたち、ルネッサンスも古典主義も知らない国を信用しちゃいかん!」上記の本より抜粋
この次につづく国名は、まあ、予想できることでしょう。
キニャールが書くように「ばかばかし」いと思ういっぽうで、
わたしのなかの何処かに、
Allemagne嫌いの気取り(笑)があると突きつけられてゲッソリもしましたが。
さて。
まだ途中のこの本。
例によって例のごとく、
訳者あとがきに難解で謎に満ちていると書かれてしまう本である。
わたしは好きですが(笑)。
なんといっても、巻末に36頁にわたる「固有名詞・用語一覧」があるのです!
わたしはそういう高慢ちきで高飛車で、
読めるもんなら読んでみろ的に偉そうな、
または謎かけをして征服欲を煽る不実な美女(美男でもモチロン可)のような小説が、マゾヒスティックに大好きです。
(そのかわり、面白くなきゃ許さんですよ! しかし、本というのは基本、やはり表象としては「オンナ」ですかねええ?)
ところで。
おや、と思うほど緊張感のとぎれたような叙述が含まれたりしてひとりでどぎまぎしていたのだけど。
なるほど。
これは、意図されたモノか。
ついせんに読んでいたのが『アレキサンドリア四重奏』で、
あちらは、どこにどう仕掛けがあるかわからないときちんと匂わせながら、それを読むひとに忘れさせようとするもったいぶった記述で、
くう、と唸らされてばかりいましたが。
「現代のバロック小説」と銘打たれ、
「プルースト的文体を駆使し」、
「1640年に読まれたかった」と作者自らが語るとあれば、
きっと、
この読み方で、
いいのだと思う。
なにしろ『シャンボールの階段』の、
ややこしいパズルを息をつめてピンセットでつまむようにして完成させていくつくりと違うので驚いた。
どこへいくのかわからないけど、
たぶん、
わたしは愉しんでいる。
きっと、
ではないのが少し残念ですが。
florentine(磯崎愛)のことを語る
