「バカが小説家になってもいいですけど、バカが批評家になっちゃいけませんっ!」
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ほんと、これはもう、ええ、なんというか。
至極御尤も。名言。至言。
わたしは「書き手」です。
傲慢な言い方をすれば、自分の小説については、どこにどんな単語が置いてあるか、それが、どういう意図でおかれたか、または置くことになったのか、そういうところまでは理解しています。というか、これができないと伏線はれないし、流れもつかめないわけで。
どういうことかというと。
たとえば読者が大好きな小説を100回よんでいたとしても、確実にそれ以上の回数、作者は書いているあいだに読み返しているのです(だからわたしは自分の作品を書き上げるとよほどのことがないとそいつを読み返したくなくなる。もういいかげん、厭になる。恋々としない。次いこう、次って思う)。
じゃあ、そんだけ読んでる「作者」というものが全能かというと、そんなことはまったくなくて、「作者」と「作品」はイコールじゃなく、まったくもって正しくお互いに「他者」だから、ほんとの意味で理解なんてしていない。
これが、「真実」。
作者というのは、根源的な意味で、バカ、なんですよ。
賢しらに、してますが(笑)。ハッタリですから。
もちろん、ほんとになんもわかってなくて書いたら、なんも伝わらなくなっちゃうでしょうけど。
「泣きながら書いてもいいけど酔っ払うな」と言われたことがあって、それを遂行するのは大変だけど、とてもよくわかる。手札を持っているのはこちらですから。うろたえて、それを取り落とすようでは「作品」にならない。
で、なんでこんなこと書いてるかというと、悩んでるんだよ~~~~~っ!!
florentine(磯崎愛)のことを語る
