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florentine(磯崎愛)のことを語る

fukuzowさん、こんにちは。
『「普通がいい」という病』よみましたよ~~~~!!
電車のなかだというのに、かなりウルってきてしまいました。
以前よんでいたWEBの記事よりはるかにわかりやすく、また、さしこまれている本がとてもとても素晴らしい!!
ニーチェや空海、谷川俊太郎、イプセンなどなど親しみやすく、あ、これ読んだ! って楽しくなりましたし、また演出家ピーター・ブルックの日本語で読める著書があるとは知らなかったので、その発見もとても嬉しかったです。
ちょうどこのタイミングでこの本を読むことができて、とても幸運だと思います。
fukuzowさんの千里眼とリコメンドパワーに深く、ふかく、感謝いたします!!
もう一冊のほうも、これから読みますね☆
ほんとうに、おすすめくださってどうもありがとうございます!

>私はある程度、なんとなくなら「暗黙の前提」を感じることはできますが……。それでも「話芸」という領域では毎度「ここでボケて!」というところでマジレスをかましては「マジレス大王」の称号を奉られる日々でして。仕方あるめえよ、こちとらずっと文章ばっかり読んで育ってきたんだから(と、いじけてみる)。
 
fukuzowさんのべらんめえ調が素敵v
「マジレス大王」がおいでで、「マジレス女王」を名乗るのはつまらんですな。
「マジレス友の会・会長」とでも名乗ろうかな?(←こっそり会員募集してみたり☆)
 
日本語の主語問題は、物書きにはつきまとう難問ではありますよね。
真面目な考察は学者さんにお任せして、まだ『「私」を生きるための言葉 日本語と個人主義』をよんでない時点でSFスキーとして挙げておきたいのは、野阿梓の『バベルの薫り』に出てくる「皇リポート」!(この本、大好きなのですv)
これは、内容が内容なのでどなたさまにもおすすめできるシロモノではないのですが(とてもエロいしグロいしBLでGLで男女のシーンもあって、なんじゃコレなのです 笑)、あの「皇リポート」の部分だけは一読の価値アリと思います。ということを、オススメいただいた本をよんで思い出しました(笑)。
小説とは非常にエレガントなもので、直截には読み手に響かないことがある一方、こうして一度べつの角度でものを見たあとでは、より強く訴えかけることがあるなあと。
泉谷さん自身がそう書いていらっしゃいましたが、それをよくご存知で、ああいう語り方をされているものと思いました。
 
>あと、テレビやラジオなどは電波という有限の公共資源を使っていることもあり、「公益事業」扱いされていますので、事業者の参入/退出はとても厳しく規制されています。インフラ産業である(よって資金力・政治力が必須である)という側面もそうですが、「公益事業」であるがゆえのそういう閉鎖性が新聞やテレビの「質的な向上」へのインセンティブを歪めてしまったのではないか、と思っています。私の知人いわく、「知り合いが『放送』と書いて『送りっ放し』と読む」ということを言っていた」そうですが、それを聞いた瞬間に大ウケすると同時に一抹の寂しさを感じてしまったのも事実です。
 
この寂しさは大変よくわかります。
先日からルモンド創始者にかかずらったりして(笑)、新聞社の自立性や資金問題など、本人のはなしを読みましたが、なかなかどうして、一筋縄ではいかない難しい問題ですね。公益性については、これからがんばって学びます。わたしには、思考の現代性というものが著しく欠けているような気がするので。
 
>実は私、外国語は中学時代から英語一本槍で、他の言語に手を出したことはないんです。「あれこれと手を出して中途半端になるよりは、一つのことにリソースを集中した方が早く面白さがわかるし、レベルも上がる」と考えていたので。大学時代は、英語で自分の専門分野の論文を毎週2-3本読んできて、そのサマリと「それに対して自分がどう考えるか」ということをこれも英語でまとめてくる、という授業に出たことがありますが、参加してみると受講生は英語nativeか英語圏からの帰国子女ばかりで、非nativeで留学経験もない学生は私一人だけでした。
 
おお、カッコイイ~~~!!
ひとりぽっち仲間ですね!(意味合いは違いますが 笑)。
ああいう経験は糧になりますよね。
プロの方の前でおはなしするとどぎまぎしちゃいますが、翻訳者の工藤幸雄さんが、鴎外が二十数ヶ国語できたならオレもやるぞ!って意気込んで失敗したと『ぼくの翻訳人生』(中公新書)で書いてらっしゃいます。わたしはそう考えられるだけで凄いと驚嘆しますけど(笑)、やはり一言語じっくり取り組むのがいいと話してらっしゃいますね。あとは、誰の翻訳についての本を読んでも出てくるのが「日本語能力」!!
これは、わかります。
プルーストいわく、「美しい本はかならず一種の外国語で書かれている」そうです。
それを教わったとき、なにかがすとんと落ちたといいましょうか、懐かしさのような感覚をおぼえました。あの正体は、絶対に孤独である自分と他者をつなぐ架け橋をそこに見る想い、もしくはそれ自身になる気持ちであるなあと、そう、思っています。
   
>マキアヴェッリは高校時代に塩野さんの「我が友マキアヴェッリ」を読んでから好きでして、中公文庫版の「君主論」も読みました(岩波文庫版もありますが、中公文庫版の解説は秀逸だと思います)。高校時代の倫理の授業で、「君主論」の中の記述を引き合いに出してレポートを書いたこともあります。
 
塩野さんのその本は、何度もなんども読みました!
『ルネサンスの女たち』と『わが友は~』は、わたしの運命の書でもあります(笑)。
中公のは未読なので(岩波を持ってます)、こんど読みますね。ありがとうございます。
 
>実は私、「西欧における『近代』という時代や概念、システムがどのように成立してきたのか」というプロセスに非常に興味があって、世界史・科学史・技術史・社会史・思想史の本を適当に拾い読みしているのですが、「ヨーロッパ各国の世俗的な諸言語」がきちんと「聖書を記述したり、学術的な議論に用いられるような言語」として分化・発展してきたのは16世紀以降のことなんですね。それ以前、15世紀あたりまでは学術言語としてはラテン語が中心だったし、学問体系も厳密に分かれていなくて、キリスト教神学を中心に哲学・自然哲学(自然科学)・錬金術・魔術が比較的同根のものとして共存していたという雰囲気があります。山本義隆さんの「十六世紀文化革命」や「磁力と重力の発見」(どちらもみすず書房)あたりがそのへんの事情を詳しく描いています
 
さっそく『十六世紀文化革命』を予約しました。
そうなんです、この時代が、色々と人類のこう、分かれ目というか、ん~、ともかく凄い時代で。語りだすととまらないのでこれだけで(笑)
わたしは、ルネサンス時代を自分の居場所(??)だと思ってまして、来年はこの時代をガシガシ書くぞ! と意気込んでおります。
今後とも、なにかその時代に関する書物で面白いものがありましたら、教えていただけると飛び上がって歓びます!
そして、fukuzowさんに、もしかするとすでにご存知かもしれませんが。
 
『ダ・ヴィンチとマキアヴェッリ―幻のフィレンツェ海港化計画』 (朝日選書)
ロジャー・D. マスターズ (著), Roger D. Masters (原著), 常田 景子 (翻訳)  

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このふたりの間で交わされた会話などを想像すると、わたくし、気持ち悪いほど楽しめます(笑)。
レオ様とニコロ兄さんにご興味あるようでしたら、またはフィレンツェ零落の道筋のひとつを辿る意味でも、面白い本であるかな、と。
 
>ええと、これは私のオリジナルではなくて(苦笑)、J・P・ホーガン(と塩野七海)好きな大学の先輩がよく「オタクの『何かあったら(相手の知識レベルや会話の文脈すら無視して)自分の知識を開陳せずにはいられない性向』」を揶揄したり釘を刺したりする際に使っている言葉の変奏なんです。
 
ホーガンは未読なもので、これで少し距離が縮まった気がします。
それよりなにより、その先輩が素敵! カッコイイ~~!! 
わたしもおもきし冷や汗かいてますが、オタクはそうじゃなきゃ(笑)。と、開き直る。
VIVE OTAKU!
(オタクが女性名詞か男性名詞か知らずに使う 笑)
わたし、「万能の天才」といわれるレオ様も「神のごとき」と讃えられるミケ様も、わたしの最愛のひとサンドロも、みんなして「オタク」「おたく」だと思いますもん(笑)。
(でも、ラファエロはおたくじゃないのデス! 断言)
 
>一応申し添えておきますと、「覚悟」というのも男性ジェンダー、特に「サムライ」「武士」に要求される特性の一つである気がします(苦笑)。とはいっても、実際には女性の方が「覚悟」だの何だのの大義名分を振り回す男どもよりは現実に対応する柔軟性が高いような気がしますが。
 
わたしの知る女性の多くは「覚悟」ではなく、「度胸」があるのだと思います(笑)。
でも、「愛嬌」が足らないかも(←ああ、言っちゃった)。けっこうひとりで突っ張ってしまうタイプが多いですね。

fukuzowさんは、ご自分で居場所を獲得しようと努めてこられたのだと思います。それは素晴らしいことですよね。わたしは途中で力尽きてたかなあ(苦笑)。
いまはこうしてfukuzowさんとおはなしできる幸福にあずかれていますが。
 
あと、日本の場合、議論していくとほんとに感情的になってしまうというか、コトバの問題とか色々あるような。まあまず、しゃべらないひとのほうが偉いという価値観のある場所なので、そこがキツイ。フランス風の、こたえの出ない議論を延々続けなさいとか、自分の意見は無視して、こういう立場で何かを語れとか、討論レッスンをしてきていないのが一番の問題かなあと。

そういえば、わたしには「侍スピリット」はないですが(たぶん、ナイです)、でも、「騎士道」には強烈な憧れがあります。
こらへんは、読んできたものの影響かしら?
あと、軟派(騎士)か硬派(武士)か(なんか両方死語っぽい 笑)の違いもあるでしょうか?
 
>特に日本は労働力として「日本人・男性・健常者・青壮年」を大前提にしたシステムを作ってきましたが、90年代からの不景気続きで、問題の所在がわかっていても現場レベルでそれに対応してうまい仕組みを作っていくだけのリソースや気持ちの余裕がなかなかないんでしょうね。社会全体で見ると大きな損失だし、私にとっても女性の友人や先輩が何人かそういう状況にいるので、他人事とは言えないのですが。
 
ここは、もう、ほんとそうなんですよ! と声を大にして言いたいです。
わたしの知るかぎり、この件でツライ目にあってないひとはひとりもいないです。けっこうな大会社でも、女性差別はあるし、ん~、話すとつらすぎるのですみません。
 

>対人コミュニケーションの研修や、認知療法で出てくる「アサーティブ・コミュニケーション(assertive communication)」や「アサーション(assertion)」の手法も参考になさるといいのではないかと。
 
あ、これ、信田さよ子さんの本にも出てきました。
はい、参考にします。心理学関係の本は、ごくたまにですが、たしかにヤバイ感じのものもあるとは感じています。 
 
>先述の塩野ファンの先輩は歯に衣着せぬ人で「怒り」もとても率直に吐き出す人なんですね。話していてちょっと齟齬や「どこかでコミュニケーションが噛み合っていない」という感触を感じると、即座に「OK。どこにどう問題があるか、お互い徹底的に納得するまで議論しようじゃないか」というモードになり、1940年代の海戦になぞらえるなら三連装20センチ速射砲を装備した巡洋艦同士の同航砲戦(互いに同じ方向に進みながら、横腹を晒して主砲全門を相手に向けて撃ち合う)さながらの様子になることがたまにあります(汗)。戦艦主砲クラスの40センチ砲弾が飛び交っているんじゃなかろうかと思うこともあったな。
 
ここらへんが、fukuzowさんのお好きな分野ですか?
海戦というと、せいぜい塩野さんのレパント止まりのわたしには、はるか未来のことのようです!
ところで。
失礼ながら、わたしはその先輩に俄然、興味がでてしまいました(笑)。外国の小説に出てくるひとみたいでカッコイイ! 他にも名言がありそうで、ワクワクですv
と、ミーハー度まるだしでスミマセン(汗)。
 
今回よくわかったのは、fukuzowさんに比べますと、わたしが非常にナンパなひとであるという点でした。わたしのなかではひそかに、ランブイエ侯爵夫人の「青い部屋」の優雅を範と仰いでいたはずが、いつの間に?(笑)。
とはいえ、教えていただいた御本のように、現実をみなければなりませぬ。
オタク万歳、スノッブ上等! と胸を張ってこの場をおさめたいと思います。
こんなひとですが、これからも楽しく、また時にはシヴィアに(笑)、よろしくお願いいたします。