~つれづれなるままに、あんまりにも寒くて凍えてるので、例によってテケトウなことを書き散らしてみたですよ~
http://d.hatena.ne.jp/rikio0505/20091117/1258466263
こちら、二次創作のお話みたいです。
わたしはコミケに行ったことがあるのは3回だけ。自分で同人誌活動しはじめたのが去年というチョウ晩生さん(笑)なので、正直色んなとこでついていけてない、つまりはよくわからないのですが、(男性向けジャンル女性向けジャンルという明確な線引きがアルということさえも、自分がイベント参加してはじめて知ったレベルだから、たぶん、他のひととまるで違うモノの見方をしていると思う)、これ、もしかして、たんに「エロ(R指定創作物)」が多くのひとに受け入れやすいとか、書きやすいか、とか、そういうお話なのじゃないかしらん?
自分のいる場所がオリジナルといわれる一次創作のWEBとオフだから、きっと話しがかみあわないであろうと思いつつ。
WEBの恋愛小説(女性向だと思う)において人気があるのはやっぱりR18系統でもあって。
それは、まあ、こっそり誰にも知られず安心して性愛描写を楽しめるっていうのが大きいのだろうなあと。
いまわたしは故意にこの「恋愛」に、ヘテロだのなんだのと入れてないのだけど、まあ、そこはおいておいてください。WEB小説はじめて1年チョットでは、比較とかそういうの、まだわかんない。異性愛・同性愛などがパッキリ分かれてしまっている、ということは感じますが。よく知らないことをおはなししてもなあ、と。
本題へ戻りまして。
うえの記事で気になるのは「ちゃんとした本」というコトバ。
おっしゃる意味もなんとなくわかるように思うし、お気持ちもたぶん理解できているような気もするけど、う~ん、それは、べつに、ジャンルの問題ではなくて、『スタージョンの法則』であろうとわたしなどは思ってしまうのだが。
このへん、どうなのだろう? わたしが冷めすぎかな?(この法則持ち出された日には、それを言っちゃあって気分になるから、あんまり口に出してはいけないのかなって思っているのだが、今週は「敢えて、言う」週間ときめたので、ソレデオシマイ的なことも言ってみる)
そんでもって、ナイなら「自分が書く!」がいちばんの近道じゃないかなあ、と。
自分が書けば、読んでくれたひとにもその「盛り上がり(これ、気持ちね)」が伝わって、またそこで新たな「創作」が生まれるよ。たぶん、というより、きっと。
ブログ主さんも「深化」っていってるし、もうそれは、そう思うひとがやるしかないのではないかしら?
そして、もし、ほんとうに「盛り上がるジャンル」と「そうじゃないもの」があるのなら、それは「物語分析」として、かなり有効だと思う。もちろん、盛り上がるというコトバはあいまいすぎるから、その場合は発行部数や出版年とか頁数なんかとともに、物語の構造分析そのものが必要になってしまうから、そうとう大変な仕事だけど。
これだけ世の中で「二次創作」という「変奏行為」が受け入れられているのであれば、今後、国文学者さんとかそういう方面で調べられたりしてるのじゃないか、などと想像してみたり。
(まあ、ふつうに物書きとして言えば、ある程度のスキをつくればそこに読み手が食いつくという計算は可能であるとは思う。けど、そういうマーケティングを製作者創作者側がどこまでどうしているかというと、そこも作家論作品論の部分だから、かなりきちんとした考察ができないと難しいのではないかと)
それから、「変奏」しやすい「物語」というのはアルと思う。
たとえば、「英雄神話」。
これなんて、ほとんどの物語はそう。
(そして、この考察でいちばんエレガントなのは、ジョゼフ・キャンベルの『千の顔をもつ英雄』のあとに出た、ジョン・バースの『金曜日の本』に収められている文章。これは、わたしの知る英雄神話考察のなかでも白眉です)
それから、「エロ(って使いにくいな。自分のコトバじゃないんだな。えっと、ポルノ。そう、ポルノのほうがわかるぞ!)」てか、「ポルノ」というジャンルの形式については、きっと「記号論」的な切り口でも語られているのでしょうが、わたしはエーコ先生のご本を開いたっきりですぐ退散してきた腰砕けなので、わからない。
型があるとみなせば、なんにでも型はある。見出せる。見出しやすいのなら、それがやはり理解しやすい(我ながら、ひとりごとにもならん無意味な文章を書き散らしとるな)。
ポルノ表象の視覚と文章の差異や何かについてなんかも、誰かは研究してるんじゃないかなあ。ナイのかな?(この世にはポルノ論というのはあるでしょうが、ここんとこに踏み込んでるものはあるのかな? マッキノンも読んでないような輩なので、ご教示いただければ幸いです)。
ていうか、これ、ポルノである必要はないのだが。いや、やはり「ポルノ」でしてもらうのが必要なのか。今。
まあ、こういう考察研究がされてなくて「表現規制」ってのは、(もちろん、されたあとならいいのかというとそういうのでもないのだけど)どうなのかなあと思ったり。
そんなわけで、ひとさまにお見せするに足るブンをものしてなくて、ごめんなさい。
でもまあ、こういう日もある。
florentine(磯崎愛)のことを語る
