~「少女」という表象~
を妄想し自己同一化したいと欲することは自由だし、とうに中年であるわたしにも、それを消費し尽くそうという欲望はある。
(なにせ、去年の数ヶ月、自分たちのサークル看板は「少女文学」であった)
さればこそ、いっぽうで、ファンタジーではないリアリスムの領域で、いちどくらい、その儘ならなさと弱きものである「不幸」を自分のものとして享受するくらいの想像力というマゾヒズムは持っていても悪くないんじゃない? と、言いたい。
とりあえず、「美少女戦士になりたい」とかいうひとは、新井素子さんの『あなたにここにいて欲しい』とか読むといいですよ~。
(なんか、わたしが拘泥する件って、究極的にはファンタジーとリアルの使い分けの気儘さにあるような気がしたゾ)
florentine(磯崎愛)のことを語る
