id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

とはいえ、

「恋愛」は究極の奢侈品であるという信念は変わらない。

それを「恋愛市場主義」と呼ぶのではないかと非難されそうで口を噤みたくなるが、わたしとしては、それを誰もが手にできるものと喧伝し煽る輩には断固として物申す。ボヴァリー夫人の悲劇を見よ!(ひとによっては、喜劇かな?)

「恋」はひとりでできるけど、「恋愛」には相手がいる。

はっきりいってしまえば、「恋愛」は教養主義だと思う。どんなに言い繕っても、教化としての機能がある。その「精神」が、日本には根付いていない。

そして、「教化」、社会的「馴化」を目的にして存在するはずの「恋愛」が、時としてその役割を逸脱することこそが真実の醍醐味なのであって、反転に継ぐ反転のめまぐるしさを愉しめないのであれば、ひたすら逃げるにこしたことはない。

しかも、それでも追ってくるのが「恋」という凄まじいもので、あれの別の名は「災厄」なのだ。

と、アベラール先生に倣って言ってみる☆