じぶんの小説かきなさいよと思いながら。
電子書籍とかと関連して。
おそらくは、もう、ひとは「小説」を必要としない時代にきてるのかもしれないと思うことがある。「物語」さえあればそれで十分、という時代。
「個」はもう、いらない。つまり「技術」という名の「藝術」もいらない。そんな感じのこと。
わたしがルネサンス時代を愛する理由のひとつは、あそこが藝術と個別性の問題の決定的な分岐点であるからで(中世から芸術家に名前があったという今の時代に交わされる問題は横にいったんおいて。というかルネサンスと中世という区分自体の問いもおいてね)、いつの時代でも流行の、売れるものは「わかりやすいもの」であるという当たり前のことをのぞいて、人間の個別の「技術」や個人の身体性のようなものに対する不審、不信、のようなはなしで。
この時代が、「藝術家」を生み出す最期のとき、かもしれない。そう考えることがある。平凡なこと、素朴すぎるようなことを言ってそうだけど。
残るものは、二度と再現できないものだけだろう。復元不可能なものだけだろう。
つまりは超絶技巧と稀少性。
作家ですら、でも、それを実はあまり信じてないような気がする。
なにか弱気になってるのかな。
よくわかんないけど、巧いってレベルじゃだめなんだよ。でもみんな、巧いんだよね。
わたしは、そうじゃないところにいきたい。
ただそれだけのことなんだけど。
florentine(磯崎愛)のことを語る
