~「帰り来る時」~
お洋服とかはいくらでも処分できるんだよ~ん(わりと定期的に整理してちゃんと出来る。アップデートする感覚が、そなわってる)。
けどね、
本が、本が、本がね、
あと資料用の紙類がね!
でもわたし、これとオサラバしないときっと、ダメなのかもっておもうの。これから新しい小説かくのに邪魔なの。きっと、ほんとはもう不要なの。
たぶん。
というか、そのくらいしても、だいじょうぶなはず。はず。はず!
わたしはちいさいころからほとんど変わらないひとで、好きなもの嫌いなもの、そういうのがじぶんで凄くよくわかるたいぷで、
だからというか、
それくらいしないと、
次へ、
先へ、
世界へ(だって! 世界がいいんだもん、お望みならほんとは宇宙だっ!!)
いけない気がする。
「何を書くか」は、だって、イコール「習作時代の終焉」だもの。
けど、
でも、
『幼年期の終わり』を迎えるのはムチャクチャ怖いんだよ~~~~~~~っ!!!
(ほらね、宇宙、でしょ??)
てことで、
矛盾するようだけど、わたし的にはまったく矛盾しないので置いておく。
「「創作するとは、つねに子供の頃を語ることだ。それはいつだって懐古的(ノスタルジック)なものだ。とにかく私の書いたものはそうだし、現代の書き物はもっぱらそういうものだ」ジャン・ジュネ のインタビューより
その後、「あなたなら私同様、いやおそらく私以上に、プルーストの作品全体の最初の文がこうはじまるのを知っているだろう」と続く。
~Longtemps, je me suis couché de bonne heure.~
「それからプルーストは自分の子供の頃のすべてを語り、それが千五百ページないし二千ページも続くんだ。さて、私がものを書いていたのは三十歳のとき、そのころ私はかきはじめた。書くのをやめたのは、三十四歳か三十五歳のときだ。ただ書かれたものは夢の内容だった。とにかくそれは夢想だったんだ。私は獄中でそれを書いた」
そう、だいたいは、こんなものだと思う。ひとははじめ、それを書く。おそらく誰しもが、そこから始める。
「いったん自由になると、私は自分を見失った。そして私が現実に、現実世界のなかで自分を取り戻すためには」
彼は、かくして二つの革命に身を委ねたわけだけど。
じゃあわたしは、
わたしは、
いったい何処にいくんだろう。
それとも、
~ le temps revient ~
で、いいのだろうか。
それが、いちばん、なんだけど。
そうだと、いいのだが。
というか、そうでなければオカシイくらいなので、
そうなる、はず。
うん。
にしても。
わたしもいいかげん、ジュネとプルーストとじぶんを並べて語る自身のけっこうな自惚れ屋さんっぷりに「それだけ書いて、怖いとか言ってるんじゃないわよっ!」て冷静に自己ツッコミ入れられそうな気がしてきたので、作業に復帰します。
うひゃー、
ほんと、本だよ、本!!
ガムバル☆
