~なにかをじゅしん~
かかえきれないしんどさ、を、世の中の多くのひとたちはちゃんと、めんとむかって誰か、つまり「相手」という名の他者とわかちあう訓練というか技術というか来し方、経験、または関係というか何と呼ぶのかしらんがとにかくその「何か」がある、または持ちえた、のだろうな。
大いなる欠落、キズ、欠損、はたまた逸脱、翻って過剰さのゆえに、ものを書く、というのは確実にあると思う。わがみをふりかえって。
あと、
かくひとは、たいていのばあい、言葉をそういう意味ではほとんどまるっきり信じてない。その機能が裏切りだと思うからこそ、言わない。
こういうひととは付き合いづらいよね~とさすがに思うけど好きでそうなってるわけじゃないし、書かなくてすむなら書かないですむ生き方が欲しいとどれほど願ってきたかわからない。
