http://twitter.com/#!/sosodesumus/status/114113596350410753
ダンテの命日にラヴェンナの墓を詣でる日本の若者がいるなんて素敵なことだ。くそ暑い空を睨んで、私はダンテの亡命の日々を思う。彼は世界の文学言語に革命をもたらしたが、それだけじゃない。地獄へ行ったのだ。それに天国も。私はマラルメのように破壊がわがベアトリーチェだなどとは言いたくない。
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あいかわらずの鈴木創士さん。
昨日が命日です、ダンテ様。
どっかで書いたことがある気がするけど、あの地獄煉獄天国の「構造」を詩にしたって考えるより、ゲンジツに「いってきましたー! で、それをうたいましたーっ!」ってほうがわたし的には納得しないではない。
たぶん、詩人たちはきっと、そう信じてるんじゃないかと思う。ボルヘスだってきっと、そう思ってるからあんなに大好きなんじゃないかなあ(と、まだ神曲講義よんでないのだが、あの大好きっぷりは素敵すぎる!!)。
「ホームズ君、きみたちはいつも、ダンテの物語をこれまでに語られた最大の作り話ととらえてきた。だが、わたしは昔からね、ダンテは本当にあの旅をしたんだと信じてきたんだ。神がそれをお認めになり、詩にそれをお許しになったと」『ダンテ・クラブ』より http://ainokarakuri.blog42.fc2.com/blog-category-45.html
(ひとは、人生の道半ばにして暗い森を彷徨うことがある――わたしはそれを知っている。
まだ、そこから抜け出せていない。
でも、ひとはみな一度はそこを歩むのだと知ることができて、幸福だとは言わないけれど、知らないままでいないでよかったと思うようになった)
今も、この気持ちにはかわりない。
