~これだけ言ってから帰って寝る~
またクーラーで冷えて風邪ひいてるぽいのだけど、
ル=グウィンの『いまファンタジーにできること』http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309205717と『始まりの場所』を同時読みした結果、ブクマにも書いたけど「聖なるウルスラ様のおそばに今すぐ駆けつけてその手を握りしめてぶんまわしこの興奮を喋り捲るか、はたまた騎士のように跪き白き御手に敬意の接吻をしたい気分」はいまだに続いている。
西崎さんが以前、竜が出てくるだけでダメというひとがいて、みたいなことを書いてらっしゃったけど、あれは、そういう「言い回し」がすでにあるのだと気づくなど(トドロフ読んでないのだ。わたしは基本、ボルヘスやカルヴィーノやらエーコ先生やらブランショやらのような実作者の創作論だか文学批評だかしかほとんどの場合、性に合わないのだ。それは、しょうがない。だって、書き手なんだもん)。ファンタジーという語、語? ええと、はながグズグズでものを書くのはしんどい、んーと、ともかく小説なんてものはだってみんな「ファンタジー」じゃんってわたしも思ってるし、10日には(あの日はわたしにとって、何か、そういうメッセージが遣される特別な日だったのか?)、小説かいてるお友達から虚構と現実について「断片の集積は集合の大きさをはみ出す」などなど、わたしがひそかに待っていた言葉を届けてくれたりと、アタマはそれなりに活性化してるのにからだが追いつかない(というか逆か、負荷がかかってるのか)。
けどでもきっと、
滞ったままであったものが、動き出しそうな気もしている。
そんな、感じ。
ル=グウィンはやっぱり凄い。こころから深く、尊敬している。高校生ではじめてゲドを読んだときの感激(感動ではない)が甦った。
SFやファンタジーといわれる「ジャンル」(あえて書くけれど!)にティプトリーがいて、ル=グウィンがいて、それはやはり素晴らしい贈りものだと思う。わたしには、ことのほか。
florentine(磯崎愛)のことを語る
