じぶんのきもちをかく(いう・つたえる)のはたいそうほねがおれる。というか、むつかしい。ハイクでもだらだらかいて、エントリしないってのがおおい。まあべつに、それで小説かいてるんだからかまわないとうか、すっといえるようなら書かないからいいんだけど。
とまれ、さすがにもういい年なんだから、もうすこしやれるといいのだが。
とは思うし、
あともうひとつくらい、「表現」について、なんらかの手段や場所を確保する具体的な手がかりを探す必要が出てきたのかもしれないとは、考えている。という、もってまわった言い方がふさわしい程度には迂遠な方向で。たぶん、来年のことになると思うし。いくつか、じぶんなりの予測やら方策やらのひとつとして。
まあ、連載次第なのだが。
florentine(磯崎愛)のことを語る
