id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

~ちょーちょー恥ずかしいからID頁で~
 
『川端康成・三島由紀夫 往復書簡』新潮社
読んでるんですけどーーーーーー!!
二十歳のときの書簡に始まっているせいか、そして川端に憧れ尊敬し、かつ理解されているとこころを許しているせいか、なんていうか、もう、甘ったれの寂しがりやさん炸裂具合が凄まじくて、もう、もう、もう由紀夫さんたら由紀夫さんたら、ほんとにもう、「他人」とは思えなくて困る。困るよ、こういうのはさあ。
「私は深夜コトリとも音のせぬ処でなくては仕事が出来ないが、さりとて人里はなれた処では却って出来ない」とか「享けるという幸福が大へん遠いもののような気がするのです」とか書いてイケシャアシャアと甘えたり、いっぽう「この作品(仮面の告白)を「美しい」と言ってくれる人があったら、その人こそ私の最も深い理解者であろうと思われます」てえらぶって宣誓してみたり、「昔からのよくない癖で、外国の作家といわず、日本の作家といわず、系統立てたよみ方をいたしませんで、ただ「好きなもの」「美しいもの」と選って読んでまいりました」とか「全く勉強は生理的に悪でございます」とかさあ、ほんと、ああもう、やだこのひと、ありとあらゆる箇所に「これ、わたし書いたっけ?」みたいな気がして悶絶中。
ふう。
まだ先があるので、気を引き締めて、読む。
川端は、ほんとに本当の「ヘンタイさん」なので(なんだろう、カワバタは天然自然で変態さんだよね? あれは勝てないよ。うん。だから三島はゴロニャンって出来た。、真面目で小心者で十二分に捻くれてる反面、激烈に素直な三島にとっては憧れだっただろうなあ。澁澤の皮肉・揶揄・達観(諦観というか、えらそうな態度?)は、彼には遠かっただろうしなあ。とか、とか、とか、ね。
日常のことを面白可笑しく書いたつもりでそこがじぶんのネックだとひっそりこっそり告げてたり、三島は隙がありありで、おばかさんで、可愛いよなあ。と下げておいて、いちお(いちお??)上げておくと。
文学論小説評になると、今でさえまったく廃れない「読み」をしている。おそらく当時の文壇からは外れてただろうが(と自身で書いてる)、忌憚なく、ダメなものはダメと言い切っているところも面白いし、ほんとうにこのひと「小説が好き」だよなあ。作家論とか読んでも、親切ごかした要らぬ駄文はないもんね。「おれはこう読む!」でいくひとがいちばんだと思う。作家なら。
まあ、そういうわけで、三島と川端オモロイです。