id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

~怒ってるのか、わたしは~
 
わたしはいまだに「二次創作」という語がのみこめないよ。
たぶん、生まれ育った場所がちがうせいか?
ぽーる・あんだーそん(あれ? すん、だっけ?)とりびゅーとのこにー・ういりすは素敵だったぞ。
ぼるへす以降、オリジナルなんて語に大仰な態度をとるのは流行遅れって認識じゃないかと思ってるのだが。
それだけ、裾野が枯渇してるとも言えそうで、逆にいえば、みんなよっぽど「創作」というものを神聖視してるんだろうな。かなしい。というか、本音をいえば馬鹿らしい。おはなしを作ることなんて誰でも出来る。
ほんとに。
そのためのマニュアル(本)だってあるんだから。
というか、それだけみんな本をよまないということなんじゃないか。もしや。本というか、古典、過去の作品を。小説についての小説が少なくなってしまったように、それはたんに怠惰なだけだ。過去に大きな素晴らしいものがあるのを見過ごしているだけだ。西洋美術史かじったからこそ言うけれど、絵画だってなんだってぜんぶ模倣じゃん。模倣だから尊ばれるってのもあるんだよ。そういう確固たる麗しい偉ぶった「伝統」が。作品のいできたる時間軸、空間軸を無視してはならない。いきなり中空にあらわれる「作品」なんてナイんだよ。あなたの、わたしの、生きてきた時間だけでなく、人類の歴史の重みがそこにある、くらいに思っててちょうどいい。
ていうようなことは、すでに先人が言い尽くしてるはずだからもうやめる。
ただ、構造分析、要素分析などの作品の腑分けが「批評」のはじまりで、それが出来てはじめてじぶんの作品を世に問う意味が自分自身ではっきりするんじゃん、ていう矜持だか目標だかがあればいいんじゃない?
というか、こんなのは枝葉末節で(わたしなんぞが言う意味はなくて)、つまりは「売れたい」「受けたい」、または「売れる作品を作らなきゃ」という焦りが「盗作」と呼ばれうる行為をうんでるんじゃないかと危惧している。
まあ、ちっとも万人受けしない小説をしこしも書いてるわたしの僻みや嫉みかもしれんがな。
ちなみに「古典よむ部」はいつでもどんなときでも部員様募集中です。http://h.hatena.ne.jp/keyword/%E5%8F%A4%E5%85%B8%E3%82%88%E3%82%80%E9%83%A8
と、妙な宣伝をして、行ってくる。
んじゃね~☆