~マジレスするが~
ダメなひとを「愛する」「好きになる」「いっしょになる」ことが悪いみたいに言われると、かなりビビル。し、なんていうか凄く、厭。立派じゃないといけないって脅されてる気分。僻み根性丸出しですが、でもだって、綺麗で強くて賢くて清くて、みたいなじぶんには絶対になれないし、なる気もないもん。
こういうこと言ってるとドン引きされちゃうんだろうけど、でも、小説書いてる人間なんて基本ダメなひとが多いと思う(これは偏見デスよ、当然!)。というか、そういうところを見て、そこを描いていくものじゃん。そのなかでもしかしたら、「美しい何か」があらわれるかもしれない、その「顕現」を見守るひとじゃん(まあ、あらわれなくてもそれはそれ、ていうか。残酷な結末とかすくいのないそれだってきちんと描けていればゲイジュツだよ)。人間のイイトコロなんて道徳の教科書やなんかこう、よくわかんないけどわたしには縁のないエラくて輝かしいモノが描けばいいよ。少なくとも、ショーセツの役目じゃないよ。うん。
わたしはイヤだ。
そんなのつまんないもん。
わたしは、じぶんの「愚かさ」を他者にあずけたりしない。わたしのものだ。手放してかんたんに楽になる気はない。
と、書いちゃう時点でいろいろアレですが。
でもまあ、小説家くらい(もしくは芸術家くらい)、人間の「愚かさ」やら「弱さ」やら「どうしようもなさ」やらを大事に抱えてやってもいいじゃん?
そうじゃなきゃ、息苦しいよ。生き苦しいのは、ヤだよ。
わたしが生きていく場所は、わたしに決めさせてくれ。その「自由」が実はないのは知っている。けど、せめてもわたしの「魂」くらいは好き勝手にさせてほしい。本当にそんなものがあるかどうかは知らないが。
せめてもじぶんの小説くらい、「まっとうな世間」ってやつに逆らって書くよ。
florentine(磯崎愛)のことを語る
