「書かされる(求められる)のもうヤダ」なお気持ち、お察し申し上げます。それもある種の「規範」のように、「強制」ほど重くはないけれど反撥するにはそれなりにけっこうなエネルギーがいる、なかなかに複雑な問題だったりしますよね。
という一方で、
おはなしくださったように、また違うものの見方をすると当初とはまったく異なる「解答」が自身で得られたりすることもあったりして、人生ってやつは味なものと申しましょうか、面白いですね。
と、行き詰まってるらしい(らしいってなんだ? ひとごとっぽく書いても変わらんぞ 笑)、自分自身に言い聞かせておりますですよ。
よいお話を、どうもありがとうございます。
例の件まで、かえってすみません。
どうぞ、ごゆるりと☆
(マジレスすると、わたしがワガママいったのですよ。こういうのを「恐縮です」と言うのだと思います。と、わたしも 汗)
florentine(磯崎愛)のことを語る
