作者が何を思っているか読者は知らなくていいし時に知らなくていいどころか「邪魔」になることを承知であえて
そう、だからわたしはキャラの容姿描写について慎重になる
詳しく描きすぎて逆にイメージ(像)を殺すより、最低限の情報で好きに想像してもらったほうが趣がある
19世紀的な小説、またはキャラクター小説としての体裁に拘るならそれらしく書く キャラクター小説に徹するならルックス描写は読者さまへの「御馳走」だからだ
けど、
こんかいのはなしは都市名も年齢も(一部、故意に年齢差等は明かしてはあるけれどそこはわたしの趣味というかオマージュというか、ひとつの指針にするための布石だから)、「固有名詞」を排除するめんどくさいやり方をしてきたのはそこに「言いたいこと」があるから
わたしは現代小説の場合かなり意識的に固有名詞を配列するし、ファンタジーやSFにおいてもその配分や調子には神経をつかう 誰もがそうであろうとおもうが、意外にプロ(翻訳者含む)であっても無頓着なひともいる
たとえばわたしはファンタジー小説等に外来語を多用しない 速度や早さでいいかえられるものを何の気なしにスピードと書かれてはそれが英語圏の物語でない場合、わたしは瞬時に醒めるのだ せっかく積み上げてきた世界観が瞬時に崩れさる
それと同じに、地の文(神の三人称)ならまだしも、その当時つかわれていない語をキャラに言わせたりしない
語句ひとつでその「世界」の奥行きや拡がりが見通せてしまう、それが小説の怖さで面白さだ
外来植物の扱いや道具の普及等もそうで、故意にずらすなら別だが(このズレを利用して書くこともある)、そういう些細な背景にこそ「意味」があるしその「細部」をこそを大事にしたい
「神は細部に宿る……ヴァールブルク」
florentine(磯崎愛)のことを語る
