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florentine(磯崎愛)のことを語る

連続投稿失礼
 
さてと、
むかし「お姫様のはなしを書くのはどうして」と訊かれたことがあって、わたしのことですから「お姫様」が好きだからとかいう単純さで終わるわけがなくて、「お姫様」というのはつまり「現代(日本)女性」の『表象』なんですよ、とおこたえするつもりでしたがそのときは笑ってごまかしました
お姫様というのはとりあえず身分が高いから余程のことがなければ身体の自由はあるていど保障されていて、うまくすれば学問もあって、それゆえにじぶんのあたまでものを考えることができ、じしんの処女性以外にも「資産」というものがもてる可能性が高く、よってさらにうまくすれば運命を切り拓くこともできるかもしれない、というあたりでしょうかしらね?
そんなに「女性」であることは不自由ですか、と問われたら、男性であることも不自由ではないですかとか、こどもであることも親であることも、はたまた日本人であることも、とかいって韜晦する気まんまんでおりまするがw
わたしがファンタジー風なものを書くさいにほとんど庶民を主役に据えることがないのは「しりょう」が少ないせいです 庶民研究って意外にされてないというか、たとえばルネサンス時代に貴族が宴で何を食べたかはわりとすぐに探せるんだけど庶民のそれは日記を丹念に読むしかない わたしのようにリアリティとか詳細描写大事とかおもってるひとにとっては、ありがたいことに著名なフィレンツェ商人たちのそれは日本語で読めるのでその点もんのすごく助かるんですが、フランス中世とかいうとコントやレシあたりから拾ってこない限り、庶民の生活を庶民が書いてるなんてことは識字率の関係もあってないわけでたいそう難しい(いまはとぅーるのぐれごりうすあたりがちゃんと直訳で出てるからだいぶやりやすいんですがね) さらに「女性」となるともうお手上げなわけです(なので高橋友子氏の著書はわたしにとってたいそうありがたいものでした)
もちろん歴史に名を残す女性もいるんですがみんな「お姫様(貴族)」かまたは「聖女」ですし、しかも男性に比べたらやっぱり少数で、なかなかに厄介です
わたしはじぶんがフェミニストなのかどうかさいきん考えることはないのですが、というかもう、そういうのはどうでもよくなってきてしまってるんだけどでも、
それでも、
いざとなればまずさいしょに口を塞がれるのはわたしみたいな「モノいう女」だろうな、と思いながら生きてます
文字通り言論の自由を奪われることだけでなく、ナントカに口なし、のほうで
「権力」というのがまずやりたがるのはだいたいいつもそのへんからなのは歴史をみるまでもなく
とはいえ口をつぐむ気もさらさらないし、
さて、どうやって生き残るかな、
というのがわりと真面目な課題であったりもします
ああ、
ならば女性名で書かなければいい、というのもあって、それは「名を成したら」別名義でかいてやろうとおもってますし(覆面作家に憧れないひとはいまい!)、
これからの時代、小説をかくにあたっては有色人種(あじあてーく)で女性、というほうがある意味で有利かな、くらいの「計算」は当然あってのことですよ、むろん
というくらいの強がりがあってこその物書きだとおもうのよマジで
どんなによわそうにみえても、そしてゲンジツとても弱くても、書いて発表できる時点で圧倒的な「強者」だからね