id:florentine
掌編小説のことを語る

  • ---あなたに本当に伝えたいこと------
  •  
     
          すぐ隣の部屋に、好きなひとが眠っている

          おれは、
          わたしは、
          眠れない

     美術部の合宿で大学の保養所に泊まりに来ている。いちおうスケッチ旅行という名目で、明日は美術館見学も予定に入っているが、まあたんなる温泉旅行、慰安旅行にちがいない。前評判通り、料理の味や施設の使い勝手はともかく風呂だけはやたらに広く、贅沢といっても許される露天風呂までついていて、先輩たちのいうように文字通り「サイコ―」だった。いまどき保養所で合宿かよと毒づいてたおれらも、これを味わっては文句も出ない。女子たちは来年も来なくちゃと華やかな浴衣姿で騒いでいた。古びた大学の施設にあんな浴衣がついてるはずもなく、自前で持ってきて着替えたものらしい。
     美術部はご多分にもれず女子が多い。
     新入部員は総勢十一名、うち七名が女の子たちだ。だから野郎共は同じだけの広さの部屋をゆったりと使わせてもらっている。男子ズルイと言われたが、狡いも何も、人数がいないんだからしょうがない。かといって先輩たちの部屋に押し込まれては憤懣やるかたない。あちらにしてもおれらがいては先輩風を吹かせねばならず、何かとめんどうくさいだろう。というわけで、おれらは仲間内だけで本当にのんびりと、風呂あがりにテレビを見たりゲームをしたりして過ごすことができた。
     おれらはみんな美術部なんてのに入るくらいだから、本来あんまり人付き合いが得意じゃない。それでも好きなアニメやゲームのことなんかだとわりあいはなしも盛り上がる。ふだんすかしてるとおもってたやつがロボットアニメについて熱く語る姿なんてのも拝めたし、カルロ・クリヴェッリとかいうマイナーなんだかメジャーなんだかわからないルネサンス時代のエロい画家のはなしを聞けたのも悪くない。こんな言い方もなんだが、思ってた以上に楽しかった。はじめは合宿なんてめんどうくさいひとりで絵を描いていたいと敬遠したが、来てよかった。
     頃合いをみて適当に布団をしき横になり、あかりを消してもしばらくはなしは続いてた。そのうちひとり、またひとりと眠りにつき、いまこの部屋で起きているのはおれだけになった。
     その少し前、ほんの短い時間、仲のいいやつとどうでもいいはなしをした。ぶっちゃけ「彼女」のはなし。
     好きな子がいる。
     しかも同じ部活に。この合宿にも来てる。
     コクっちゃえよ、とやつはいった。
     ひとごとだと思って、とは言い返さなかった。やつにはいつだってなんだってひとごとだ。とにかくおれより断然絵が巧い。それより何より、カノジョのこと好きなんだろ、と突っ込みをいれたのがこいつだからだ。おれが揺さぶられた様をみて「今の顔もらった! じぶんで気がついてねえでやんの、あーおもしれーいまのはまったく俺得だったぜありがとな」と妙なふうによろこんだ。カラヴァッジョも真っ青な「驚嘆」する顔を描かれそうで今から怖い。
     早くしたほうがいいぜ、カノジョ、先輩たちもねらってんじゃね?
     おれをせっつくためだけの言葉とも思えなかった。なんでも「見ている」のは知っている。絵とおなじ。ものが見えてるやつのはなしなら、それはきっとジジツだろう。
     それでもおれは黙っていた。正直、誰が彼女を「狙って」いようとあまり気にならなかった。狙ってどうこうできるようなタイプにはけっして見えない。彼女は「獲物」じゃない。そんなか弱いふうじゃない。彼女の絵をみればわかる。しずかで、ひたむきで、その場所に在る時間そのものを切り取ろうとしている。
     それに、告白してどうなるのかもわからない。チャラいやつだと思われたくない。ただ好きだと知ってほしい。そういうのは自己満足で相手にとってはいい迷惑だ。
     色とりどりの浴衣のなか、紺地に白の撫子(なでしこ)柄がよく映えた。
     花の名前にはそれなりに詳しい。花の絵を好きで描いてる。男のくせに花の絵なんてかくのは女々しいといわれることもある。そうまで貶されなくとも、花が好きだなんて男にしては変わっているとも。
     べつにかまわない。どう思われても。
     花はつよい。自ら動けないぶん、したたかだ。
     そういえば彼女はおれの絵をみて、ルドゥテには負けるけど根性はいってていいね、と微笑んだ。
     たぶん、あの笑顔におれはヤラレタ。
     仰のいてまぶたを閉じてもまだ見える気がした。
     おれはあれを見てはじめて、「咲く」ということばの本当の意味を知った。
     眠れない。
     眠れるわけがない。
     すぐ隣の部屋に、好きなひとが眠っているのだから。
     
     
     みんな眠ってる。わたしひとりが眠れない。
     さっきまでガールズトークに彩られていたこの部屋も、健やかな寝息と時々思い出したかのように吹き上がる軽快な鼾と、なによりも盛大な歯軋りにのっとられている。そう、歯軋り。歯軋りははじめて聞いた。
     とはいえべつに鼾や歯軋りのせいで眠れないわけじゃない。
     ガールズトークのあいまにかれの名前がでた。カレ、けっこういい感じだよね、なんて呟かれていた。みんなが口々に同意して頷くなか、わたしは素知らぬ顔でいたつもり。はじめから、ほんとにはじめから「目をつけて」いたのはわたしだから。
     いまごろ気づくなんて遅いよ。
     そうも言えないから黙っていた。
     わたしは、他の女の子相手に軽々しく好きなひとの名前をだしてはなしをしたりしない。他の子みたいに、協力してだなんて間違っても頼まない。まして「とらないで」なんてことも口にしない。
     わたしはわたしのやり方で行く。
     そう思っているのに、実はまだぐずぐずしてる。
     合宿名簿にかれの名前がなかったときは少し落ち込んだ。ギリギリに申し込んだみたい。かれらしいな、とおもった。レスポンスが遅い。ワンテンポどころかスリーテンポくらい遅れてる。よくいえば落ち着いていて動じない。けど、たまに何を考えてるのかわからない。反応が遅いから。たぶん考えなしなんじゃなくて、ほんとに外界へのリアクションについて疎いのだ。絵も、派手さのない緻密で端正な筆遣いだ。
     だから告白してもすぐさまこたえは返ってこなさそうな気がする。べつに誤魔化したりとぼけたりするわけじゃなくて素で、ああじゃあまた明日、とか言って背中を向けそう。わたしはそんなこと言われたら立ち直れない。じゃなきゃキレてせっかくの関係をぶち壊しそう。実はものすごく気が短い。困ったことに。
     かれとの距離は遠くない。仲がいいほうだとおもう。それゆえに、この関係を壊すようなやり方はしたくない。カノジョがいないのは調査済み。かれが付き合うとなればそれはほんとうにホントウの本気だから。
     わたしにもチャンスはある。自信は、さほどない。
     考えると眠れない。
     どうしよう、眠れない。
     すぐ隣の部屋に、好きなひとが眠っているくらいのことで。
     そのくらいのことで、眠れないなんて。
     だったら好きだと言えばいい。それもできないほどに臆病なら、起きて、お風呂にでも行って月でも仰ぐ。露天風呂から見あげた月はほんとうに綺麗だった。あんな月を見せられたらわけもなく吠えたくなる。絵に描きたくなってしまう。
     わたしは、「風景」を描く。
     素直に、伝統的な日本の花鳥風月を描くわけではないけれど。わたしなりに、見るひとと景色をしっかりと繋ぎたいとおもっている。
     
     
     ふたりはそうして部屋を出る。
     そこでばったりと顔を見合わせる。
     互いに、その手にタオルやバッグがあることで合点がいく。
     なんとはなしに気恥ずかしさに俯いたのはどちらだったか。

     風呂?
     うん、なんだか眠れなくて。
     噂にたがわず風呂は立派だった。
     月が、とても綺麗に見えて。
     今夜は満月だったかな。
     そう、満月。とても綺麗なお月様……。

     うす暗い廊下を曲がってすぐ、どちらかの足がとまる。
     その視線を追うと、
     煌々と皓(しろ)い、笑顔のような月――

                         了
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     
    前回のイベント(タトホン)でお配りした無料誌の掌編を、数時間でかいた初稿のまま、のせておきます
    雑さが気になるので、あとで余裕あるときにでも加筆訂正するために(もちろんプリントアウトしたものがあるんだけど、ハイクでみるとまた違って見えたりするのだ、わたし、ハイク活用しすぎw)