id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

きもの、きこなし
 
うーんと
きものは、いつもまいにち同じように着ようとするとダメです
駄目なように出来ている
あと、衣桁にかけているぶんにはとても美しいものが、そのひとに合せると全然はえなかったりする、そういう不思議(じゃないけど、ちょっと魔法じみているとおもうとき)もある
ましてそれが、昨日にあったのに今日にあわない、ということすらある
それは、
ひとのからだがつねに同じではないということ、それを確認するためにある、というくらいのものでいいとおもう
だから、おなじ着物と帯をきるのでも、お化粧や髪型、襟の抜き、合わせ加減、帯の締め具合、帯揚げ帯締めの色だけでなく位置、出し加減、おはしょり、裾のかたち、ありとあらゆるところに気を配り目をはしらせてチェックするというか、
おんなのひとは顎の閉まり具合(小顔加減?)だって日によって(というか、周期によって?)違うから
それを、
お洋服だとやりづらいところがあって、
でもきものきてると、わかる
わかったようなきがした
ワカルというか、仕事で着てたから、わたしはそれをチェックせざるを得なくて(ひとさまのまえできる、つまり「売れる」ように着ていないとお仕事として失格なわけです たぶんお洋服の販売員さんだったらやっぱり気がつくのかもしれないけど、わたしはそこまでお洋服を着たおしてないしイイものもむろん着てない)
あとまわりのひと(プロの販売員さんや染織作家さんたち)がそういうところにものすごーく気を配っていて、色味はもとよりミリ単位で各所のバランスをとる、というのか、うーん、その「差異」に気づかないとやっぱりダメなんだなあってことが伝わってきたので、大変だったけど、そういうのはすごく勉強になったしわたしというあんまり洗練されていない片田舎の子を、よくもわるくも鍛えてくれたとおもう
(なんというか、絵画みたいというか、小説みたいというか、けっきょく「表現」なんだなあってことでしょうかねえ?)
 
とかかいておいてなんですが、
なので(?)、
わたしのきものすがたに「色気」はないですw
けど、たぶん、いつも「きれい」にきてる
というかそう褒められる
(じまんしますと、いちだせんせいにほめていただいたことがある、ちょーじまん!)
キレイというのはでも、じつは芸がないことというか、仕事ではいいけれどたぶんツマンナイことなのです
 
こんごのわたしの「課題」なんだとおもってる
まじめに