id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

人生の奇妙な綾は、せいぜい世に棲むことの裏も表も知りつくし、その上に自分は自分なりに、人なみすぐれた知恵や洞察力を持っていると自負するころになって、またも己れの無知や愚かさを―いいかえれば「主観」と「客観」の食いちがいを思い知らされることにある、といえるだろう。
https://twitter.com/#!/Komatu_Sakyou/status/178494514883862528
 
小松左京さん
『大震災’95』読了
読み進むのがしんどい本ではあったけれど読んでよかったし、また読み返す
印象的だったのは「当事者」ということば
被災の有無、彼我を分けることのない「当事者」という語、個々の状況の如何にかかわらずその心構えを問う姿勢に小松さんらしさというか、優れた知性のもつ明るさを見た気がする
分断するでなく、勝手に繋げようともせず、個々人の態度をさす「当事者」
 
さいきん「知性」てあんまり口に出されない言葉かな
もしかすると厭われたりしてるかしら?
でも、わたし好きだな
知識じゃなくて知性
  
ところでわたし、某店長に似たようなことを言わせたつもりなんだけど言えてますでしょうかしらねえ?
いや言えてなくてもいいんですが

にしても、今日はなんだか勝手に引用日和だなw