そういえば
わたしの通った大学は入るのより卒業するのが難しいと言われてて(いまは知らんが当時は少なくともそうだった)、そのころ超有望企業(とされていた)の内定が決まっていてもガシガシ落第させたのでイマドキたいしたもんだと内心鼻高々でおりましたまる
あ、ググったら今でも掲げてるからいきてるのかな、この精神
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(ニ)受験準備を要しないが、勉強しなければ卒業できない。入学はやさしいが卒業はむずかしいこと、一般の大学と逆である。したがって厳重に出席を要求し、勉強を奨励する。
http://www.dokkyo.ac.jp/daigaku/a01_01_03_01_j.html
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コレ、いいと思うんだよなあ
わたしは今でも必修科目の履修単位不足で卒業できないという夢をみる
じぶんが受けたい一般教養(西洋美術)を優先し本来必須の語学講義を後回しにしたのが祟っているらしい
いちお、翌年ちゃんと履修してるんですけどねw ちゃんと先生と教務課に許可もらってるし全然それで叱られたりしたこともないのに不思議
卒業できないかもっていうプレッシャーが濃密に濃厚にあの場所に漂っていたからだろうなあ
(とはいえ三年次には卒業必修単位数を数だけは既にとっていた どうせ入学金と授業料同じなら聴講できるだけしたほうが「「得」だと思い好きな方面はことごとく履修していたのである あんなもの生きていくのになんの足しにもならないが、足しにならないからこその優雅と富貴の証というものさと恰好をつける学生だった いやつまりそういうものに憧れる貧乏人だったということである ロレンツォ豪華公のように、大学になぞいかず家庭教師がついて学問をおさめる「貴族」に生まれなかったのだから)
florentine(磯崎愛)のことを語る
