~読書感想文やら作文についてやらやらやらやらやらららら~
とりあえず、
誰かがこどもに作文なり読書感想文なり書かせたいんですよ~といったらすぐさまこの二冊よんでみて! とおすすめしたい
清水義範の作文教室
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文学がこんなにわかっていいかしら(BY げんちゃん)
なんどでもくりかえすようだけど
読書感想文や作文で何が問題なのかというと、「国語教育」が「道徳教育」(または「情操教育」)と勘違いされていることが最大の難点なんではないかとわたしは思う(むろんわたしはそれが「道徳」や「情操」と関係しないとは考えていないし、日本の教育史についてとか言わないといけないようなのは大変だからそのほか色々考えていることはあるのだが今は擱く)
少なくとも、わたしのいた学校ではこのへんを混同してる先生は現実にいたし、わたしが塾で教えたことのある子たちの教師のほとんどがそうだった
そして当たり前のことなんだけどないものにされてることのひとつが、わざわざ何かをとりあげて語る、しかも「感想」という個人的な心情を述べるってことは、「他人と違う」ことを認識させる手立てのもっとも有効なひとつであって、「同じ」ことを言わせるためなら言葉なんて重ならないってゲンジツを彼らは理解していない、同じなら「右に同じ」でいいじゃん、ねえ それが許されないで何か言え書けっていうのはひどいでしょ? 言い換えや類語の勉強してるんじゃないんだからさあ
けどほんとうに右へ倣うことってありますか? 人間ってひとりひとり「違う」よね? そしてどっかはきっと「同じ」よね?
あたりまえのことよね、それ
同じところと違うところの差異やら距離やら何やらを見出す繊細な「仕事」をするのが文学作品を読む最大の意義のひとつでしょう(まあこれが情操教育の一環といわれたらそうなんだけど、だいたいそこまでやれる教師ってほとんどいないように思うの、わたしが恵まれてないから?)
というか、共有したい何かを強化するのはまっとうなテクストとか呼ばれるものじゃなくて「すろーがん、つまりはしゅぷれひこーるそのほか、あのての獣の唸り声」みたいなもんだとわたしは思っているのだが、まあ、いいや
いやよくないけど
ここで「強化」「教化」されようとしているのは「社会通念」や「常識」という皮をかぶった「差別」であったりよくわからん「空気」という「圧力」であったりするもので、それに抗うのが文学藝術のシゴトのひとつなんですよ、とたいていのゲイジュツカはいうはずだ
そんなところで息苦しさを醸成してどうするんだ(←どうするのかもどうなってきたのかもそれこそ学校の授業で習うことでしょう、大学の史学科とかのレベルじゃなくて、ふっつうに教科書で出てるでしょ、言論や思想の弾圧っていうものとして、だから理解したくないんですよそういうのはのみこんだら負けだし勝つ必要はないというか永遠に勝てないんだけど負けなきゃいいのですそれで勝ちなのですよこういう戦は)
んなことより、真面目に日本語の勉強したほうがイイじゃん
文と文節とか品詞についてとか文章構成の型とかさあ、修辞技法とか、古文漢文とかそういうのやろうよ、もっと!
ほんとはそんなのが「国語」ってもんだとわたしは思うのよ
いやわたしは読書感想文その他作文かくのはちょー得意でしたけどねv オトナなんてちょろいぜって思いながら書いてたし、ちょびっと変わったこと言えばいいっていうその配分も知ってた 逸脱しすぎると危ぶまれるそのラインも察してた それと同時にそういうじぶんの卑屈な読みも憎んでた から時々は暴走もした
いまでも、わたしは作品を道徳観念によって裁こうとするひとの「素朴さ」を、その「善良さ」を、酷く憎み、恨んでいる
澁澤の瞋恚はわたしにもある、十全にとは言わないまでも(あのひとも小心者なくせに妙な肝の据わり方をしていたひとだったように思う、いろいろ読むと)
読書感想文で求められているのは本当は「批評」のはずだ
それは作品を腑分けする能力だ
または、小説とはなんなのか理解する力だ
そんなのはそうそう出来るもんじゃない(と思う、出来ますか? 出来る方、おいでですか?)
小説(作品)にいったい何があるか、なにによって出来ているか、すぐさま言えるひとは恐らくそうそういまい
言えるくらいならもう、あなたはじゅうにぶんに「小説家」です、ええ
わたしが保証します
ただの文章を小説のテクスト(文章)として立ち上がらせる何かについてだとか、そんなこと言えるようならもう、それは小説家以外のなにものでもない(というか、言えない小説家だっているよ、ここに!)
まあそんなわけで(どんなわけだ?)、
もしもうちのこ国語苦手なんですよって方がいらしたら、まずは「国語便覧」(たぶん良し悪しがあると思うんだけどどこのがいいかまでは言えないごめんなさい)の「文法」の頁を教えてあげるといいと思います
というか、
オトナでも、国語便覧の文法や文章表現等のところは必修かとおもいます
企画書つくったりするのに最適ですよ、あれ
とオチはそこかいっ? てとこで終わるが、
誰もが習得可能(とされている、かもしれないが、いちおう可能な、と言いたい)な、つまりは共有できる「技術」やら「方法」やら「法則」を学ぶのが「学校教育」の本分かと思うのよね
「感情」は共有できないでしょ、「感覚」も
でもそこは、そのひと個人の「個別性」に依存しないでしょ?
そこから始めてほしいのよ、マジで
ま、
そんなかんじ~☆
