新年はだいたい祖母の家で過ごしていた。その祖母が亡くなり今年はじぶんの家にいる。
去年はおじが逝き、ついで祖母が他界した年だった。震災にちょくせつは関係ないけれど、被災地(茨城北部)であったため亡くなる前の数か月不便なことばかりであっただろうと考えるとなんともいえない気持ちになる。
とはいえ年はあらたまり、わたしはこうして生きている。
そしてまた寝る前にやかんにお水をくんでおく、お風呂の水はあらたにくむまでは捨てないといった関東大震災を経験した祖母の「教え」は311以降も変わらずわたしの暮らしの中にある。あの揺れの直後すぐさまペットボトルに水をくんで備えたのも、祖母のそうした言葉があったからだ。
ひとはこの世を去っていくけれど、残すものもたくさんある。
行くとしの背を眺め、新しく来た年の顔を見つめている。
florentine(磯崎愛)のことを語る
