クリスマスイブから(新年でもいいのだけど、ネット環境にいるのか不安なので)ここで『夢詩壷』ほぼ毎日連載(週一がいいのか、それとも?)しようかなとか思いながら、
ぱぶーさんや他に置いたほうがよいのかもと考えて、でもあそこにあまり魅力を覚えないし(なんか、小説の「顔」が見えにくいんだよね、あそこ)、いろいろ悩んでいる
とはいえダイアリーに置きたいという気持ちはないんだよな(遡れないから 遡るためのリンクはりがめんどいw というか、毎日はてなダイアリーで更新すればひと、来るのか?)
ハイクはその点、展開できるから小説とかに向いている
読んでもらいたいという願望だけじゃなくて(それはいちばん大きな動機だけど)、場所が変わると見え方がちがってわたしが「読める」ようになるってことで、ほんとはオフセでも本だすのがもっともよく読める方法なんだろうけど、少なく見積もっても何万円かかかるし誰も買わないというか(無料でおいたてものだから)、
いや、本音をいえば、
『遍愛日記』を本で読みたいんだよね。
印刷じゃなくて。
書き終わればステージがあがる、じゃなくて、やっぱり一歩高いところから見下ろして書いたほうが、ラストは絶対にいいんだよ
俯瞰できて、こそ、というか
でいま、
PDF(http://pdfnovels.net/n4528q/ ていうか完結しとらんがなw)で読んでるんですが、意外と「平ら」で吃驚した
これが平らに見えるようになったということは、いちお、成長しているらしいw というか、「階梯と車輪」、じぶんが思ってる以上にデコボコしてるんだわ、ごめん
気がつかなかった
さらっと、かなり肩の力は抜いて書いてるし、あんまり尖がったことしてない(なにせ中間小説めざしてた)からそうじゃないと思ってたけど
比べると、わかる
というよりもっと正確にいうと、
書き終えた(まだ完成稿じゃないけどね!)ので、わかる、が正解
終わらせないと、ダメだなって思う
まあ不幸にして終わらせられずにそのままな小説もあるのだと思うのよ(事故とか病気とか)、
でもさ、
やっぱり終わらないと見えないことはあるよね
それと、小説は読んでいる時間の中にしかない、というのはけっして矛盾しないのだな
そんな感じ
florentine(磯崎愛)のことを語る
