アリストートス……うまく書けば、ゴシックロマンとかユイスマンス風な味付けになっただろうというのは激しく同意いたします(というかたぶんそういうのを始めは狙ってたはずというのかしら)、
関係ないけど、
「劣化」っていやなことばだわ、笑えない
で、うなさまの記事よみにいってしまったわ(て、あれ? 移動してる? リンクはりかえなきゃ)
いまおかくんのふくしゅうげき
http://unagisan.web.fc2.com/kurimoto/sonota.html#ima
今日なら書ける気がするというか、あとで消すかもな感じで
何度も書くようですが、
わたしがぐいんをよむのをやめたのは30巻くらいで、ほんとにウキウキわくわくよんでたのは辺境篇で、そのあと十数巻までははなしの種類がヒロイックファンタジーから歴史群像劇へと違ってしまったけど面白かったのですが、文章が、あの70年代の巧みすぎる文体が変わってしまった時点で読めなくなってしまった。80年代後半はだんだん苦しい。「しかしまあ、ほんとに薫は反感くらいまくりそうなストーリーを、脅威の文章力でごまかしまくっていたんだなあ、と感じ入る昨今であった」ていううなさまの言ほどわたしの心境を言い当ててくれたものはない。内容は正直どうでもいいところがあって、文体さえ凄ければ読めてしまうのですよわたしは。
そして、30巻くらいから122巻にとんでも、なにもわからないものはなかった。わたしがいちおう小説書く人間だからじゃなくて、そうじゃなくても、ワカルように書かれていた。それはありとあらゆる意味で凄いことだ。
で、
122巻はああいうはなしで、わたしは上の記事を思い返してぞっとして、けど、安易にわかりあえるなんてことを書いて死んでくれなくてよかったと、妙に安心したりもした。
いやあ、三島がね、三島がさあ、金閣寺であんなこと書いといて、
いっしょに死んでくれるひとがいてあの時点の文体で出来る最高の作品かいて死んでいったかと思うとこう、ね、
わたし、なんかすごく憎らしかったので書いてみた
あとで消したらごめんなさい
florentine(磯崎愛)のことを語る
