id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

わたしの持論なんだけど、「ゲイジュツは体育会系だ!」なのよねえ。なんかね、絵画だったら美術史ひととおりおさめるとかの理論とか理屈とかやっちゃったほうが大人は近道なとこもあるんだけど(つまりこれは過去に学ぶとそのジャンル自体の在り様を知るってことで手っ取り早い)、けっきょく身体つかって時間つかってやったひとにはかなわないからなあ。
うささんの「手に」とたぶん同じような意味で、小説でさえ身体で書けるかどうかが勝負どころというか(これはなかなか書けない。まだわたしも書けてると言えない。ただ書こうとしてることは伝わってるってレベルくらいかな?)、一般にテクニックなるものは他者にも利用可能な範囲のものをさし、それでは到達しえないものが「個性」というやつで、さらにはこれがそのジャンルを変更しうるテクニックにまで高まると歴史に残る作家になるっていう感じ。個体というものの代替のきかなさがゲイジュツの普遍と交わる接点で作家になる、みたいな感じ。それってつまり、肉体ってことに還元されちゃうところがあるよなあとか。
あたりまえのことばかり言って申し訳ないけれど、でも、意外とこういう、ふっつううううのことが、本当の意味では理解されてないのかなって思ったりする。