id:florentine は
florentine(磯崎愛)のことを語る

~かってにはんのう~
 
時系列にそってものごとを語るのは意外にとてもむつかしい。小説の文というのがだいたい過去形なのは、手記日記の類から派生するのは、そしてプルーストのような作家が生まれてしまうのは、はたまた意識の流れなんてものが出てくるのは、「現状」「現在」を語ることの困難に直面し続ける(いや~、ここに太字ゴシックにしたいくらいっすよ)ニンゲンの業みたいなもので、ある小説家などは、これから賞をとりにいく書き手たちにともかく「回想」を禁じるほどに、物事を時系列で活写するのはそれだけ力量のいる「語り」でものすごく大変なことなのである。
だから、「語り」という手法は、他の語でいうとわたしにはほとんど「再生」としか思われない。
ほんとうに物事に直面してる際に悠長に語ってはいられないからだ。
「言葉」でしかひとは自身の生を生きられない。
たまに、そう思ってぞっとする。歓喜と寸分違わぬことかもしれないけれど、おぞましくもあるのだ。