黒山羊さんたらよまずに食べた♪
ああ、
なんか、うん、
たぶんわたし、じぶんはフェミニストでもないんだなっておもったときもそうだったんだけど
「当事者」意識てのにかけていて
とにもかくにも想像力やら思いやりやらがなく、
すんごく、ものすんごーく無責任に、
わたし、誰にで何にでもなれる(かけるって意味ね 本当にかけるかどうかは今後の努力次第だけど)
神でも悪魔でもなんにでも
どうせひとでなしだし
みたいな形でじぶんを脇におくし、ひとも脇に置くし、なんでもかんでもよけてしまってテキトーにする
ていう「どうしようもない醜悪さ・魯鈍さ・軽薄さ」等がじぶんに備わっているって事実をわりとすんなり肯定してるところあるなあ
イメージを弄ぶ、幻想を徒にする、ひとの人生を勝手に語るその他
その現実世界、社会での「功罪」をどこまで意識できるのか、てことにたいして考えてないとは決して言わないけれど
あいつら(言葉やイメージ)のほうが強いから、ていうあたりの棚上げというか
うん
たいそう出来の悪い、魔法使いの弟子というのかしら
あの地震の前まで、じぶんの酷薄さや情の薄さや優しくないてことに悩んだり、上記のようなことをひとから指摘されていちいち気にして傷ついたりしてたけど
あの瞬間に考えたのが「小説」のことでしかなかった時点で、
あ、もういいや、みたいな
それでひとに愛されなくてもいいや、しょうがないや、みたいな
それで当然だし、じぶんが何かに欠けている、てことをずっとじぶんでおもったり言われたりしてきて気にしてきたけど、
それ、ちょー事実じゃん! て、ねえ?
だからといって正直にいえば愛されなくてもいいっていうんじゃないのかもだけど(いやもちろん愛されたいですよ!!!)、なんていうか、ひとに、こう、うーんと
冷たいとか酷いとか、または情がないとか、愛とか恋とかわかんないだろ、ひととしてなってないとか馬鹿じゃないの、みたいにいわれたらやはし傷つくけどそれ事実だからしょうがないてワカッタてことかなあ
もともとなにかについて語る、それを書く、ましてや小説を書くなんてことは浅ましくて酷いことなんだから、
ひとさまや何かにたいしてさんざんそういうことをしていくんだからもう、
いくらなんでもそれで愛されたいですーっていうのは思ってるのは仕方なくても現実のハードル高いぜ、てことかなあ?(いや善人ならひとに愛されるというふうにはおもってませんがw そういう理想論のはなしじゃなくてです)
悪魔のように貪欲なので満たされたいみたいにおもってても渇きは癒されないのでなあ
だからかわりに「このオレ様が世界を満たしてやるぜ!」ておもうことにしてる、てのは、ある
それはそれで欲望だけが真実だって開き直ってて、いかにも物書きらしい傲慢だとはおもうけど
でも、
そういうやり方でしか、とりあえずは生きられないのだ、な
あいかわらずわたしはよまずにたべてるようなきがするw
