こがね丸
巌谷小波
http://www.aozora.gr.jp/cards/000981/files/3646_12287.html
前も書いたかもだけど、わたしがうまれてはじめてよんだ文庫本(家にあったのは別にして自ら求めてよんだほん)
幼稚園のときのこと、母に数頁ほどルビをふってもらいながら、途中からは勝手にひとりでよんだようだ
ちなみにこれを、二十歳の時に小波は書いている、鷗外のいうように正真正銘「日本初のジュヴナイル小説」である
旧仮名ではなかったし漢字はもっとひらいてあったとおもうけど、百人一首とかしてたからわりとすんなり読めたのかな? とか子どもは考えないよね、なんていうか、目の前のものを集中して読む的な
わたし、こどもって、ていうかおとなでも、面白きゃなんでもよむとおもうのよね
もちろん面白さは一様ではないから、それを発見したり熟読玩味したりすることこそが「面白さ」なのかなあって
実は、「他者」と逢うためのもの、知ること、理解すること、想像すること、ていう感じのことが「小説」を読む行為にはたくさん含まれているとおもう
そういう信念はあって、小説かいてる なかなか出来てないんだけど
florentine(磯崎愛)のことを語る
