ジッケン
それこそ20年近く前にかいた作品を出そうかと思ってる
ほんの少し改行や句読点の位置等は手直しをするけど、いまの文体で本気で直すと「はなしが成立しなくなる」のでやめて、なんていうか、凄まじくイタクテ恥ずかしいヤツを
いま文章力でそれを隠蔽してる(←じぶんで言ってるぜw いやでも主題より文体が印象付けるってのはあるとおもうのよ)チュウニ病全開なやつをw
(ていうか思春期臭やらルサンチマンやらを引き摺ってなくて小説かけるってひと、そうはいないよ? わたしは知らない)
しかも表紙はじぶんで絵をかいて(これがけっこうハードル高くて困ってるなう)、
ていう、チョーゼツこっぱずかしいやつを
先日「純度の高い水を飲まされるようなもので、受け付けられる人はあまりいない」と言われたのと、別のひとにも「繊細に書きすぎていてふだん小説を読みなれていないひとにはそういう部分が気づかれにくくたぶん伝わらないだろう」というご指摘と、さらには西崎氏の「磯崎さんは書くものも含めて19世紀の貴族作家のような感じですからね」にとどめをさすならきっと、
そういう退行じみたことをしてみるのは、ある方向性においては恐らく間違ってはいないだろう、と
(「唐草銀河」の看板は外すしプロトタイプ版として、ブランドいめーじは損なわないよう配慮はするのだ
それは臆病さではなく、買ってくださるかたに対しての「誠実さ」だと思うので)
しかし、19世紀の貴族作家ってw
それ誰ですかってはなしになるけど(リラダンかシャトーブリアンかw)、うん、まあ、でも、
雰囲気は、ええ、わかりまするよ(苦笑
19世紀は小説の黄金時代だし、わたしがそこに多くを負うているのは事実ですしね
とはいえここに毀誉褒貶のいずれも読み取らないほうがイイはずで
(相手は言霊遣いですからね)
イロイロやってみるさ、的にね☆
