「他者の苦痛へのまなざし
1 1938年6月、ヴァージニア・ウルフの『三ギニー』が世に出た。このなかでウルフは、
2 どこかの国で起こっている惨禍の見物人であることは、典型的な現代の経験であって、
3 苦しみを容認せず、苦しみに抵抗することは、何を意味するのか。
4 死の瞬間を捉え、それをいつまでも記憶にとどめさせることはカメラのみができること
5 現代の期待と現代の倫理的感情の中核には、戦争は止められないものであるにせよ、
6 人はきわめて残忍な行為や犯罪を記録した写真を見る義務を感じることができる。
7 写真のインパクトについて、今や常套句となりつつある、二つの広く流布した思想を
8 これは地獄だと言うことは、
9 或る写真、例えば1943年にワルシャワのゲットーで、両手を挙げて」
わたしもこの本、実は短すぎると思ってて
ただ、それでも読むに値する素晴らしい本だとはひとにいうし、逆にもっと、この先へと自分自身が進まないといけないと考えている
まあしかし
そういいながらわたしはいまとりあえず安全な場所にいるのだ
でもそれだから出来ることもある
わたしは、ダニロ・キシュという作家が大好きなのだけど、父をはじめその一族のほとんどをホロコーストで亡くし自らフランスへと亡命したキシュがクノーの『文体練習』を自ら訳しておいてくだらないテーマだと評したのを忘れないし、『死者の百科事典』で鮮烈な手業で自分の成すべきことをしてみせたその態度をこそ讃えるし、ものすごくものすごく尊敬してるけど(キシュはわたしにとってとても大事な作家だし、それこそソンタグの本でキシュの名前が出てきたときは飛び上がって喜んだものだ)、
パリという街でああいうどうでもいい、でもなんとなくパリっぽいこじゃれたはなしを展開させてみせることができたクノーの幸福だか幸運だかは、それはそれでわたしという平和ボケな人間にとってやはりかけがえもなく「大事」なことではあるので、
そういう矛盾には満ち満ちているけれど偽らざる本心、弱くて情けない本音の部分は絶対に譲らないというか、物書きだからともかくほんとはカッコつけたいけど、ウソは読み手にことごとく見抜かれるので、そういうところはきちんとあらわにしていくのが自分のやり方だと思ってる
わたしはジュネのような高貴な人間にはなれない
なれないからこそ、こんなに憧れるんだろうし
今はそれで行くしかないとおもう
