今日も兄さんはあたしを抱いてくれなかった。あたしの掌に精を吐き出しただけ。乳房に残る歯形が少し痛い。でも、それ以外、なにも証拠はない。あたしは処女のままだ。
兄さんは、あたしが実の妹でしかも母さんと同じ修道女だから昂奮する。父さんと同じ過ちを犯すのを怖がって、それを忌まわしく思うからこそ昂ぶるみたい。
まあ、わからなくもないけど。あたしもたぶん同じ。
母さんは綺麗なひとだった。年取った今でさえ、ひとが振り返るほど美人だ。
もしもあたしがまっとうなフィレンツェ市民の娘なら、そこそこ幸せになれたことだろう。あたしは母さんに似てる。だから持参金がそんなになくても、嫁き遅れるはずはない。今でさえそんな話もくるみたい。でも、小さな村の貧しい農民に嫁いで一生働きづめで終わるなら、結婚なんてしなくていい。本当にこころから愛するひとの妻になるのでなければ、「結婚」なんて意味がない。
あたしはじぶんの好きな男と結婚できない。兄だから。
妻の座が得られないなら娼婦でもかまわない。
ただ、兄以外にも結婚したいひとはいた。
むかし、サンドロさんの工房で女神のように美しいひとに嫉妬されたことがある。フィレンツェ一の美女に。
その慎み深さゆえか、はたまた権高なためか、彼女は貴族の女性らしくその気持ちをあらわにしようとしなかった。弓なりの眉が微かに曇るのを見て、あたしはわざとサンドロさんに寄り添った。あたしも同じ女だから分かる。どれほど美しかろうと、身分が高かろうと、女には女の苦悩がある。
あのひとはでも、気づこうとしなかった。たぶん鈍いのでなく、自身の冷たさのゆえに。
あのひとはやさしい。けれど、冷たい。
泣いているあたしの肩を抱いて慰めてはくれた。そして持参金なら都合はつけられると言って、ほんとうに吃驚するような額を差し出してきた。でも、あたしが望んでいたのはそんな解決の手段じゃない。ただ少しばかり器量がいいだけの、なんの地位も才能もない若い女が、フィレンツェ一稼ぎのいい画家の前で泣いてみせるのは「あなたの妻になりたい」という懇願だと、あのひとは気づかないふりをした。
たぶん、男色者だから。
女と寝られないのかどうかはわからない。兄さんを誘惑するようにあのひとに迫ったことはないから。あたしは蓮っ葉でだらしのない女だ。なのにどうしてかあのひとにだけは、「甘えん坊ではあるけれど、しっかりして気のつく器量よしの娘」だと思われたい。「自慢の妹」でいたいらしい。困らせてはみたいけど、切り捨てられたくはない。
それに、ほんとうに男女の関係になりたいわけじゃない。あんないやらしくて汚らしいことを、あのひととしたいと思わない。だって、恥ずかしいもの。あんなこと、「他人」とはできない。サンドロさんは、あたしや兄さんとは違うひとだ。
だからこそ、どうにも切ないときがある。
あたしたちは、あのひとを言い訳に睦みあう。
あのひとを真ん中に、互いの厭らしさを晒しあう。
兄さんはたまにあたしを愛してるようなことを口走るけど、それは嘘。言い訳。理由が欲しいだけのこと。
兄さんは、あのひとの傍にいる。しかも今ではフィレンツェ有数の画家になった。地位と名声と報奨を手に入れて満たされている。あたしの孤独、あたしの不幸、あたしの飢えなど知ろうとしない。
誰も、あたしのことを気にしてはくれない。あたしの名前は忘れられる。父と兄の画家としての名声、母の美貌、両親の醜聞の影に隠れ、消え去ってしまうことだろう。
あたしは誰にも愛されていない。喜びや悲しみを分かち合う友達もいない。母さんが気に病むのは兄の将来で、あたしのそれじゃない。あたしが女で、住むところと食べるもの着るものを保障された修道女だから。こどもが欲しいと願っても、兄さんはただ懼(おそ)れるばかり。
フィリッピーノ兄さんが結婚するのは許さない。もちろん、あのひとも。彼らだけ幸福になるなんて絶対に許せない。
あたし――アレッサンドラ――は、田舎の修道院で朽ちていく。実を結ばぬ花のように。
了
