id:florentine
掌編小説のことを語る

花色に染まりたるひと~視界樹物語外伝~
 
 
 今にも風に攫われていきそうな白いかたまりに魅入られて足をとめた。散る花がいまいちど枝先に戻ろうと、幹によりそっているかに見えた。それが、桜の樹に背をあずけて眠っている「忌み様」だと知れたのは、一呼吸おいてのちのこと。
 お社にある樹木のうちで、わたしはこの桜がことに好きだ。独り占めしたくて供を追いやり人払いをしたはずが、この天上人には通用しなかったらしい。天を支える《境》からおりてこられた方には、この国の王女といえど遠慮すべきだったのかもしれない。
 ただ、散る花が雪と見える夕暮れにおやすみなのは如何にも無用心に思い、その名のとおり近づいてはならぬ障りのある方と知っていて声をおかけした。
「忌み様、お風邪を召されますよ」
「私は風邪をひきません」
「ですが、お寒いでしょう?」
 その方はふわりと笑って首をふり、かすれ気味の声でつぶやいた。
「貴女の夢石は識らない」
 わたしはその言葉に立ちすくむ。
 忌み様は、「夢石」に穴をあけて成人の証とする耳飾りを作る細工師だ。桜のころに《地》におりて、一年後に《境》へのぼる。お社にある「親木」の根元から夢石を掘り起こして細工をし、石の奏でる「夢名」を教えてくれる。白樺の枝のような忌み様方のなかでも、この方はことに女人のようにたおやかに見えた。
「私が触れたことのない夢石の持ち主である貴女は、この国の王女ウテナ様ですね。何故お独りでこのようなところに?」
 父王は、わたしが生まれたと同時にへその緒につながれていた夢石を奪って秘匿した。親木を持たない故にひとなみになれない恨みをおぼえ、わたしは時にひとりになりたがった。
「散る花を見るのが好きなのです」
「……散る花のように、または降り積もることなく消える雪のように、ご自分のことを思われておいでですか?」
 襲いきた羞恥に頬を染め、違うともいえず肩衣を握りしめる。すると、その方が目をとじて告げた。
「貴女は夢石のないことで根無し草のようにご自分のことを感じるのでしょうが、それはただ、いま、その手の中にないだけのことです」
「ですが、触れることができないものを在るとは思えません」
「私には、貴女の夢名が確かに聴こえます」
 その眸が、からだの真ん中を貫いた。息を詰めたわたしを置き去りにして、忌み様の薄いまぶたがそっと伏せられた。 
「私は、この地で成人を迎えるすべてのひとの夢石を識っていて、それの奏でる夢名を聴くことができます。一方で己の夢石の在り処を知らず、その音も聞こえない。だから、私はただ風に流されて朽ちていく花を見るのが好きです」
「わたしは……」
「この視界で二つとない美しい夢名をお持ちの貴女には、それに相応しいさだめがあります」
 そこで忌み様はすうと寝息をたてはじめた。
「忌み様?」
 わたしは呆気にとられ、お社の巫女と随人を呼びに戻らなければならなくなった。頬をなぶる風に振り返りみると、幹のしたで寝転んだ方はいつしか花と見分けがつかなくなっていた……。

 その後わたしは《境》にのぼり、この視界で「忌み様」がどのような存在か知った。
 今では、あの方のお顔さえ定かには思い出せないものの、あれがわたしの初恋だったと思う。
                  
  〈終〉
2009年3月配布 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たぶん、生まれてはじめて書いた掌編、みたいなかんじw
このころまだぜんぜん書き方がよくわからなかった
へたっぴすぎて大変だけど、うん、晒しときます 

ユメノナルキ
http://h.hatena.ne.jp/florentine/243603859627806204 
とともに、ここ、 花うさぎ で展開している『夢のように、おりてくるもの』シリーズと「視界」(世界)観の一部を共有する物語群の外伝。