ただ、こういう違う背景を持つ国が、それぞれ児童の人権問題に取り組むとき、児童を性愛の対象にするということを忌避するのは、児童を性愛の対象にすることが一般的でなかった社会だろう。それは自然な流れだと思う。
未成熟な子供を性愛の対象にすることを異常なことと思っていなかった国は、近代化と国際社会の情勢に合わせて「一応わかってる」というポーズをとるところから始まる。インドなんかまだまだたいへんだ。
小児性愛に関して大きな市場が出来ている国はよくわからない人権とか児童の権利なんかより、目の前の飯の種がなくなることの方が気がかりだろう。もともとそんなものがない国は失うものもそうないから、比較的楽に方向転換する。煙草を吸わない人は全席禁煙に反対しない。
日本には小児性愛行為を官能的に描く媒体を規制することに強く反対する人が、ヨーロッパよりずっとずっと多いと思う。反対したくなる歴史的な背景もある。じゃあ欧米の方が良心的にまっとうに国を運営しているかといえば、欧米で銃の所持を禁止することになったら、たいへんな騒ぎになると思う。
くたびれ はてこのことを語る
