ギャルゲ・エロゲの女の子がプレイヤーの世話を焼きたがることが少なくないのは、家事が女の子の本能的な愛情表現だと思われているせいじゃないかと思う。少なくともその名残りなんじゃないか。
女の子が家事能力をアピールすることが「いい奥さんになれる素養がありますよ」と見せるのに役立っていたのなら、男性が支払いを持つのは「妻を養う甲斐性がありますよ」とアピールするのに役立っていたのだろう。床上手かどうかというのもお試しの意味だったんだろう。
でも、それじゃちょっと露骨すぎるし、結婚すること自体現金に見えてくるから、建前として「女の子が家事を、特に料理をするのは自然な愛情表現」「男の子が女の子にお金を出させないのは自然な愛情表現」ということになっていたのかもしれない。
それで今は愛情表現が形だけが残っているんじゃないかな。
愛情表現としてお弁当を作ってくる。もっと好きになって料理も掃除も洗濯もする。避妊しないでセックスもする。すべて打算のない愛情表現。好きな相手を終世働かせて拘束することなんて望まないから結婚を迫ったりしない。結婚するとしたら花嫁姿を見せて、終世無私の態度で夫に仕えるためで、養ってもらおうなんて卑劣な下心はない。
一方、女の子に奢るのが愛情表現の一つなら、同じ愛情表現なら何も汗水たらして働くよりセックスで表現する方を選びたいと思う人の方が多いかもしれない。愛情表現なら自分らしく自由に選んでいいはずだ。愛情表現としてプレゼントを買ってあげる。愛情表現として素敵な景色を見せてあげる。お金を使いたくはないし、外に出るのも好きじゃないなら愛情表現としてセックスしてあげる。
それに文句を言う子がいるなら、その子が望んでいるのは愛情じゃなく、モノだ。恋する相手に経済力を望むのは強欲なマテリアルガールで、そんな子を恋人にしたいと思うわけがない。
そういうわけでエロゲの女の子はちっとも損なんかしてない。愛し愛される幸せな円の中にいる。
プレイヤーは"男の甲斐性"なんて古いものは捨てて、自分にあった自分に合うやり方で愛情表現をするようになっただけだ。
女の子が愛情表現として家事一切を切り盛りして子どもも育ててくれて、家をしっかり守ることを望んでくれる時代が日本にあった。昔のアイドルのコントやドラマをyoutubeで見ているとそれがよくわかる。嫌がる女性に男性が無理やり押し付けたということじゃなく、ともかく大半の女性がそれを名誉に思って、その座を取り上げられたくないと思っていた時代があった。その場を離れる女性を糾弾する時代があった。
それが女性の本能、生来のあるべき姿だと思って育った人たちが、理想の女の子を描くとき理想の家政婦を出してくるのは自然な成り行きだと思う。
くたびれ はてこのことを語る
