3のテーマは時とともに居場所や生き方を変えざるを得なくなるとき、そこでどう生きるかということだと思った。途中まで玩具の生涯という観点で見ていたんだけど、ラスト付近でアンディの母ちゃんがアンディが大学へ行ってしまうことでめそっとするシーンを見て、これは玩具に限った話ではないと思った。
愛する人にとっての自分の役割を変えざるを得ないことは人生につきものだ。卒業していく生徒にとっての教師、子どもにとっての親、退職した会社にとっての元社員、成長した子どもにとっての玩具。隠居した老人のその後を描いたカール爺さんと関係するテーマだった。
「ウッディのいちばんすごいところは、仲間をぜったいに見捨てないところ」
「俺よりもすごいやつはたくさんいるよね だけど俺よりも 君のこと
気にかけるやつはいないよ」
ウッディが玩具としてどこでどんな生涯を送ろうと、ウッディがどこまでも彼らしく生きていく限り、ウッディは打ち負かされていない。
自分がおかれる状況は変えられない。自分自身も歳をとるし、社会情勢も個人的な環境も変わっていく。出来るのは自分を見失わないでいることだけだ。
玩具にとってのハッピーエンドって何なのかなんて答えを出すことが出来るだろうか、と思って観に行ったんだけど、玩具も人も、限りある時間、多くのどうにもならない問題に振り回されて生きる点では同じなんだなと思った。その中で最善を尽くすことだ。白熱する溶鉱炉を前にしたときも仲間を見捨てない、君のことを気にかけるウッディは自分を見失っていなかった。
手をつなぐ彼らは一緒に死のうと思ったんじゃなく、最後まで自分は君を気にかけているよと伝え合っていたのだと思う。その言葉にならない祈りが聞き届けられたことが、その後の展開にあらわれいたと個人的に思った。
くたびれ はてこのことを語る
