わたしたちの席から歌うメイドさんの姿が見えないのでちょっと席を立ってみた。
後悔した。どこか遠い国で、日本をよく知らない人の前で、浴衣を着て日本文化を伝える仕事をしている人の前に、着物で出ていってしまったような気持ちになった。日本への憧れをもつ人たちと、日本の憧憬を叶える人たちの前に立つ、日本人になった気分になった。メイドさんの話し方が、同人誌の漫画の隅っこに作者がつける言い訳風の脚注がついたような雰囲気にかわってしまった。
メイドさんの歌は歌手のようではない。もしかしたらカラオケなんかだと歌い方はぜんぜん違って、POPSが上手いのかもしれない。「こんな平和な、血の流れないコンサートは始めてです」と言っていたので、日頃はヘヴィメタルのライブなんかで歌っているのかもしれない。だいたい「本物の乙女」がこんなところで歌っているわけはない。
メイドさんは金髪である。好感の持てるかわいらしい姿だけれど、特に人目を引く容姿ではない。
それを指摘して思い通りの黒髪、黒目、ノーメイクに見えるナチュラルメイクに形作らせようという勢いが、お客さんの間にはない。メイドさんの私生活が乙女とは程遠いものだとしても、この店のお客さんにとっては、どうでもいいように思えた。鵜の目鷹の目で声優さんを拘束する声優オタやAKB48ファンのような束縛を感じなかった。
でもそんなことはどうでもいい。メイドさんはメイドらしく乙女らしく働いている。
メイドさんも自分の憧れを仕事に託しているのかもしれないと思った。お客さんはその夢を共有している。
部外者の女性客と違って、お客さんはメイドさんを暖かく支えている。その人達の前なら、メイドさんは安心して歌えるのだと思う。
くたびれ はてこのことを語る
