「ねばならない」が自分の中での葛藤であるとき、「である必要はない」の力はそれほど強くない。どっちも自分だし、どっちの中でもある程度生きられるから。
でも、「お前は我々の元で奴隷として生きねばならない」の中には、人が尊厳を持って生きることを許す余地はない。だから黒人のJAZZには断固とした確信と魂があるんじゃないかなと思った。
言い換えると、体制側のJAZZには一種の迷いというか、その場限り感があるような気がした。「これは息抜き、本番じゃないよ」という。
くたびれ はてこのことを語る
