そして彼女の死に対して社会に属するひとりひとりが何らかの責を負うというのであれば、いま生きている子どもたちの喜びもわたしたちのおかげということですよね? それは傲慢な考え方ではないでしょうか。
正直どうにもならない人の生き死にに関して、死に関してのみ進んで責任を負おうとする態度は出口がなく、自滅的でなものではないですか。
自殺に関してはさまざまな考え方、感じ方があります。
もしある種の考え方に共感できないのであればこのテーマから出て行けということなら、それはもう少し絞ったテーマの建て方が必要だと思います。
自殺のことを語る
