あー、なんか前世わたしはハノイで暮らしていたのかもしれないねー。
そういうこともあるかもねー。こないだ来た時すごく郷愁が満たされたからなー。
たぶん昔貧乏で、次はお金持ってきたかったのかもね。
中途半端に状況を受け入れながら、無意味に荷物を少し整理しなおした。
心が水と油みたいに分離して、反対側はとても動揺していた。
ハノイは嫌だ。ホーチミンは明るくていいのに。ここは怖い。
前回も今回もバスルームに幽霊がいる感じがするし、通りのあちこちにそういうのがある。
街が暗い。政府関係者が嫌だ。もう来たくない。なんで来ちゃったんだろう。なんかすごく嫌な思い出があるのに。
今の自分と、そうでない理解不能な自分がまじりあい、煮えた頭でベッドに入る。
なんで来ちゃったんだろう。すごく嫌な思い出があるのに。
だったら来なきゃいいじゃーん、と思って目をつぶって体を丸めた。すると
すごく嫌な思い出があるけど、わたしはここが大好きだったから。
という言葉と、どうしようもない懐かしさと激しい愛情に襲われて泣けてきた。
そうだった!わたしはこの街が、この土地が大好きだったから、許せなかった。悲しかった。
え、なに馬鹿じゃないの?!どうしたどうした!!と思う。でも涙が止まらない。
ホーさんにあんなことをした政府が許せない。あの恐ろしい日々が許せない。
この国がよくなってほしい。ホーさんが望んだ美しい国になってほしい。
そのためにわたしは日本に生まれたんだから。
なんだもう怖いよ。パブロン飲んでないのに頭おかしいよ。
目を開けて部屋の天井とカーテンを見る。なぜか父のことが浮かぶ。
父もこの国にいた、と根拠のない確信がひらめく。
だから父はベトナム人が得をするようにお金を使わずにいられないのだ。
父がベトナム人に貸した金を取り立てるのは無理だ、となぜか悟る。
わたしもベトナムという国のためになるお金の使い方をしなければならない。
ベトナム人が堅気の商売で列強諸国に肩を並べるような仕方でお金を使わなければならない。
そのための自由な立場なんだ。もう貧しく不自由な身ではない。やっと戻ってきたんだから。
