id:a-cup-of-snow は
トラウマ試合を語るのことを語る

1980年、夏の全国高等学校野球選手権大会
瀬田工 20 - 5 浜松商
浜松商のエースが肘か肩を傷めていて、最初はたしか外野にいたのですが、控えの投手も不調で結局登板するんです。でも、故障しているわけですから、打たれに打たれて…。
瀬田工は最終回は控えの投手を出してきたような記憶があります。砲丸投げみたいな投球フォームの投手でした。
試合の後のインタビューで、捕手が「投手はもう投げられる状態ではなかった。自分はただ、ミットに向かって投げろとしか言えなかった。自分の配球ミスです。」って泣きながら話していたのを覚えています。
この日の夜、この試合をもう一度夢で見て、インタビューに答える選手たちの姿をその場で見て、聞いて、だーだー泣きながら目を覚ましました。