「子規と漱石」
漱石の不在が、かえって漱石の存在を際立たせて「その頃に漱石はロンドンに到着し、帰還兵を出迎える人ごみの中で迷子になりかけたりしていた。」の一文の心許なさ、儚さに胸が詰まりました
子規さんは「御馳走」を食べることに執心していたけれど、彼は俳句や短歌や散文や、時代を貪り食べたのではないかと思いました
戦っていたはずの文章表現は、子規さんの心身そのものになっていたのかなぁと「仰臥漫録」のところで思いました
最後の最後、ただ一人想定した読者に対し、意識的にレトリックを用いたとは思えないから
それがレトリックではないから、漱石さんの回答もああいう形になったのではないかなぁ
雪杯×すのう!のことを語る
