「子規と漱石」
子規さんが碧梧桐さんと虚子さんの句の解説をしている
ぜんぜんわかりませんよ?
赤い椿白い椿がどうして複数になるのか解説されるということは、普通に読むと複数とは思えないからで、そこを複数に読ませるために解説されているわけだけど、これは本当に厳密に文法に則ったらそうなるのでしょうか…?はぁ…
かんてらの句など言うまでもなく…
読み解く自由があってこその多様性だけれども、ものっすごい自由…
虚子さんの句の解説の方はというと、舞台作品の虚構内虚構演出みたいになっているような気がする…
俳句は一人称というのは、この頃は皆さん同意のことではなかったのかなぁ
それとも、今は普通なことが当時は普通じゃなかったから、今読むと迂遠と思われるような解釈や解説で説明せざるを得なかったのかなぁ
雪杯×すのう!のことを語る
