俳句の話
縁もゆかりもない季語の場合や、とにかく多作しよう、練習のためにっていう時に、想像で詠んでも構わないって言われるのだけれどですね
雪の兼題祭りの時に、雪に縁もゆかりもない私は想像でずいぶん詠んだんですけど、採っていただけたのは、そのものではないにせよ実体験が底にあるものだったんです
選に入った他の方々の句は複数句が入選しているケースもありましたが、私は他のは全ボツだったので、私の句は実体験のあるなしで全然出来が違っちゃったってことですよね
(複数入選している方々は実力も経験値も違うのだと思いますが)
季語と実体験がストレートに繋がっていればいいんですけど、なかなかそんなことなくって、季語と素材と、そこからうっすーい点線のような繋がりで、何か本当に自分の中にあるものを見つけてこないといけないなぁって思うと、難しいなぁ
嘘八百でも多作しなければ身に付かないと思うけれど、読む人が読むとなんでもお見通しかと思うと尻込みしちゃうし、そのお見通しの仕組みが皆目わからないんだから、尚更怖じ気づくし
解説書には意味不明の難しいことが書いてあるし、そもそも私、字を読むのなんか好きじゃないもん
小説が好きなだけでさー、マンガさえ読まないんだよ?マンガで読む俳句入門があったとしても読まないさー
あー、でも、そうか、実体験かーっていうのを再確認したし、想像で詠むにしても相当没入してイメージをしないとダメなんだってわかったから、収穫と思わなきゃなぁ
でもさー、相当没入してイメージするにはベースに実体験がいるんだよ
それなしでいけるのは、イケメン妄想に限られるのよ
雪杯×すのう!のことを語る
