オリQ つれづれネタバレ感想
観終わって、一番に感じたのは、これは個人の復讐を可とするものなのか?ということ
まず卑劣な人間がいて、その人間のために人生を狂わされた善良な人間がいて、その善良な人間が法にも宗教にも救われない場合は、復讐をしてもいいっていうことなのか?
殺人という意味では等価だけれど、罪深さ(っていうか卑劣さ、悪)では等価ではない場合は、引き算が可能ということなのか?
それを言ってしまうとさー、個人の信じる善と悪によって、いくらでも犯罪行為が正当化できちゃうよなぁ…
で、オープニングで、異なる宗教の歩み寄り、国家権力によらない自治が、個人的な理由(なのか、大国のエゴを個人のエゴと重ねているのか)から妨害に遭うというエピソードがあったけれど
それとは、どういう意味合いで繋がっているのかなぁ?
オープニングでこそ宗教色が出ていたけれど、本編中では主に人種差別が俎上に載せられていたようなのだけど、被害者であったから加害者になった人たちの半分くらいはユダヤ系だったという秘密の暴露みたいなのがあって
あれ?これって、オリエント急行だけれども、中で演じられているのは、結局「アメリカ」なの?
イタリア人が姿を消して、ヒスパニック、アフリカ系、ユダヤ系で固めてあって…じゃあ、ラチェットは何だというのかなぁ…
タイミングも、あのなんとかいう大統領が(今、本気で名前が出て来ない、あいつ、あいつ)エルサレムをイスラエルの首都とするとか言っているので、これが「アメリカ」の話ではないとなると、またややこしくなるわけで
タイミングは映画の意図とは実際は関わりのないものだけれど、なんだか不穏な印象を受けました
それと、NHKの原作の解説番組で宗教との関わりを考察していたのを観た影響で、原作は宗教的な意味合いの強いものだと思っていたせいもあるのかもしれませんが、この映画は一人一人には宗教的な何かがなかった気がする
なんていうか、最初の犯罪にももちろんそうだけれども、復讐に際しても、神はいなかった
そういうかんじがして、すごーく人間的というか、個というか、そういうかんじがした
そうなると、加害、被害の関係も個対個になるし、そうなると、そこには法も神もないよなぁ…
ミシェル・ファイファーがウィッグを取ったとき、すごく疲れた、くたびれた、傷ついた、何にも守られていない個のように見えたんだ
前作では、どうだったか忘れたけれど、「浅はかなアメリカ人中年女性」から「女優にして演出家」という本当の姿に戻ったんじゃなかったっけ?
「浅はかなアメリカ人中年女性」から「傷つき、くたびれた母親」になったんだったけなぁ?
その辺りも、人間っていうかんじが強くて、なんかなぁ、なんていうか、なんていうかなぁ…
っていうかんじです
