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雪杯×すのう!のことを語る

憲法が変わったら国が変わる、別物になるっていう想像をする際にも
「家も、食べ物も、言葉も、ご近所も、仕事も変わらない」っていう前提で考えちゃうところが、私だけの甘さなのか?っていうところも考えなきゃなところかもなぁ
そういう前提が可能なことが、どれくらい前からそうなのかはわからないけれど、日本なのかもしれないし
今、リアルに「家も、食べ物も、言葉も、ご近所も、仕事も変わる」可能性を感じるのは、災害だもんなぁ
つまり、「家も、食べ物も、言葉も、ご近所も、仕事も変らない」のであれば、他の部分が変質しても、気がつかなかったり、受け入れるべき変化として飲み込んじゃう可能性があるってことかなぁ
戦前戦後では「家も、食べ物も、言葉も、ご近所も、仕事も変わった」のだとは思うんだけど
自分の人生の中で何度も国境が変わったとか、明らかな侵略、支配を受けたとか、そういう場合とは違うところもあるのかなぁとか
あと、土地と国は別ものだったりするかもだしなぁ
んー、まぁ、そういう話ではなかったんだけど