「無の歳月(un-years)」とネリーは呼んだ。しかしその歳月は、モンクが「ファイヴ・スポット」のハウス・ピアニストとして迎えられたときに終わりを告げた。人々が聴きに来てくれる限り、また自分でそうしたいと望む限り、好きなだけそこで演奏してかまわない、と彼は言われた。ネリーはほとんど毎晩、店にやって来た。彼女がいないと、彼は落ち着きをなくし、緊張し、曲と曲のあいだにとんでもなく長い間を置いた。ときどき演奏を中断して家に電話をかけ、ネリーに「変わりはないか」と尋ねた。電話口に向かってもぞもぞと、愛の優しいメロディーであると彼女の耳には聴き取れる声音をもらした。受話器を外しっぱなしにしてピアノの前に戻り、彼女のために演奏し、それがそのまま聞こえるようにした。曲が終わるとまた席を立ち、電話に硬貨を追加した。
――聴いてるか、ネリー?
――とても美しいわ、セロニアス。
――うん、うん、そして彼は受話器を、ごく当たり前のものを手にしているみたいにまじまじと見つめていた。
monkey business. vol.9. もしセロニアス・モンクが橋を作っていたら. ジェフ・ダイヤー. 村上春樹 訳. p.198-199.
