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勝手に引用のことを語る

 この作品でキーワードになっているオペラは二つある。一つは言うまでもなく救難信号に乗って流れてきたプッチーニのオペラ「マダム・バタフライ」。そしてもう一つが、同じ作者のオペラ「トスカ」である。
 しかし、「トスカ」がなぜ重要なのか、それは意外とわかりにくいのではないだろうか。なぜなら、映画の中で特にこの作品の名前が出てくるわけでもなく、またこの作品自体、それほどメジャーなオペラというわけでもないからだ。ところがこのオペラのワンシーンが映画の中で引用され、しかもそれが象徴的な意味を持っているのである。
 では、どこで「トスカ」が引用されているかというと、それは、奈落から舞台の上に出てきたハインツがエヴァに刺されるシーンである。このシーンはまさに、主人公トスカが恋人を助けるため自らの操を渡す約束をした役人を、間際になって刺し殺すというその場面なのである。
 愛に生き、その愛の純粋さを貫き通すため、ついには殺人まで犯してしまう女性。トスカはエヴァが演じる役として、まさに彼女の生き写しそのものということができるのではないだろうか。
 しかも、トスカの殺人の根底には、恋人に対する嫉妬の心、自分とは違う女性に奪われるのではないかという恐怖心があるのだ。そして、あらゆる物事が自分中心に回り、世界のすべてが自分の意のままになるという人生を送ってきたトスカにとって、愛する人が自分以外の女性に心を奪われるのは許せないという傲慢なまでの自意識もまた、凶行を促す力となってしまっている。
 最後、恋人が既に銃殺されてしまっていた事を知ったトスカは、その死体にすがって泣き、そして城の胸壁から身を投げて死ぬ。「あの世で一緒になりましょう」という一言を残して。この女性もまた、自らの生命を、時間を越えた想い出の中に封じ込めようとしたのだろうか……
―「THE MEMORY OF MEMORIES」. 大友克洋. ヤングマガジン編集部・編. 『彼女の想いで…』解説より.